国会のコスト(8)

議員の歳費、手当と国会のコスト(8)
― ペーパーレス、公用車、議員宿舎

岸井和
2019.10.15

11.その他の経費、コスト

国会に関わるもろもろのコストは、これまでに列挙した以外にも数多くある。近年議論されているのは書類の印刷経費、議員会館、議員宿舎、公用自動車などであろう。

 

(1)ペーパーレス化

国会のペーパーレス化は近年特に話題となっている。議案類1)議案類には多くの種類があるが、法案や決議案などの議案、委員長報告、本会議や委員会の会議録、公報(本会議や委員会の日程、各党の会合の日程、議案の提出等を告知するもの)、委員会審査報告書、質問主意書及びこれに対する内閣の答弁書、請願、陳情、意見書の各文書、政府からの報告書等が代表的なものとしてある。印刷費として平成31年度には衆議院では約6.6億円、参議院では約4.2億円、合計で11億円弱が予算に計上されている2)フジテレビの報道によれば、委員会議録2.23億円、請願文書表600万円、衆議院公報(本会議、委員会、各党の会議の日程、提出議案などが記載された文書)4,500万円といった印刷費用がかかっている。(小泉進次郎氏も手を焼く国会の「紙文化」 意外に険しい「ペーパーレス化で4億円削減」へ 2019.6.10) 。しかし、いくらペーパーレス化に努力しても、これらをゼロにすることはできない。印刷物を全くなくすことは不可能であるし、印刷部数を減らしてもイニシャルコストが高く、削減効果には限界があるし、また、議案等の配付を止める場合はタブレット端末などの代替用品支給及び維持管理にはコストがかかる。

衆議院では質問主意書とその答弁書の書類の配付を電子データでの配布に変更することが決まり(平成31年530日衆議院本会議で衆議院規則を改正3)議員が内閣に対し国政一般に質問する場合は、簡明な主意書を作成し、議長の承認を得て内閣に転送する。衆議院規則158条では「質問主意書及び内閣の答弁書は、議長がこれを印刷して各議員に配付する。」となっていた。参議院規則153条にも同様の規定があった。)、5千万円弱の経費削減の効果が見込めるとのことである。だが国会全体の経費から見れば微々たるもので、徹夜国会が一回か二回開かれれば、国会や政府職員の残業代等で消えてしまうような金額である4)例えば、平成31年3月1日から翌日にかけての徹夜の本会議では、衆議院の国会職員だけで1,800万円の残業代と150万円のタクシー代がかかったという。(朝日新聞2019.3.16)

ペーパーレス化が無意味ということはない。ただ、これまでにも、白書などの政府報告書をその概要のみの配付へとスリム化するなど少しずつはペーパーレス化を進めてはいたものの、より本質的な国会の効率化策、大幅な経費削減策は別にあるのではなかろうか。

参議院においては、2019年(令和元年)6月に、質問主意書と答弁書、請願文書表、委員会審査報告書、本会議録、委員会議録を印刷配付するという規定を電磁的記録の提供を原則とするように改めた。経費節減効果は1.7億円5)日本経済新聞2019.6.26とされている。なお、この経費削減は議員定数増に対する世論の批判をかわす意図もあった。

いずれにしても、国会には紙があふれており、経費削減だけではなく、紙資源の節減の必要性は多くの関係者が感じている。各議員には、直接自分の担当分野や関心事項出ない文書も日々大量に配付され、配付と同時に廃棄という書類も少なくない。

また、ペーパーレス化には、法規や規則の改正が伴うことが多く、それがネックとなっているとの主張もある。例えば、「議事日程は、衆議院公報に記載し、且つ、官報にこれを掲載し、各議員に配付する(衆院規則110条)。」のように、印刷配布が法定化されているものが少なくない。これは多数派の抜け駆けを防止して議員全体に周知徹底するために印刷配付を義務付けているケースだが、紙で配付するしか方法がなかった時代を前提としている。また、不信任決議案等の議案の印刷配付に要する時間は審議を遅延させる一つの手段となっている場合もあり、単純に経費節減の観点からだけで話が進むわけでもない。仮に提出法案のペーパーレス化にまで進めば、野党提出の議員立法の中には国会で全く議題にもならないものもあり、その場合提出した議員以外は誰も目にしない法案ともなりかねない。

 

(2)公用車

議員専用自動車(公用車)は、国会役員、特別委員長等に専用自動車を配属するとともに、各会派の所属議員数に応じて自動車を各会派に配属することとなっている。その根拠は、衆議院先例集及び参議院先例録にある。

その用途は、議長や委員長に専属して配属されるものと、各政党の所属議員数に応じて配属される政党配属車及び事務用車などに分かれている。公用車は、当然、車両の購入費、燃料費、自賠責保険料がかかるとともに、運転手の人件費がかなりの額になっている。

かねてより、費用の面と議員特権への批判から、公用車の削減の議論は繰り返し行われてきた。2001年(平成13年)には与党三党の国会改革推進協議会が「国会公用車の10年を目標に台数半減」を提案した6)2001年の国会改革推進協議会の報告書記載の衆参の自動車保有台数は、それぞれ166台、113台。公用車の台数は若干削減はされたものの半減には程遠い。この協議会の報告は政党のもので国会の機関としてのものではないが、他の項目は実現したものが多いことを勘案すると公用車削減への抵抗が大きいことが分かる。なお、同報告にある国会内の自動車整備工場の廃止は2003年(平成15年)に実現している。

公用車にかかる高額な費用を抑制するもう一つの方法として、2007年(平成19年)度から一部民間委託を行うようになった。つまり、車両購入費等は同額なので人件費が公務員と民間では差があるということになる7)参議院の平成28年の実績では、公務員運転手(80人)の一人当たりの人件費は約867万円、他方、民間委託(12人)は一人当たり588万との指摘がある。(平成30年1月19日参議院議院運営委員会議録 東徹議員発言) しかし、衆参の自動車運転手職員の採用を一時停止し、民間委託をそれぞれ30人、12人程度まで増やしていったが、2011年(平成23年)から職員運転手の雇用を再開している。

公用車の削減を求める意見も少なくないが、議員にとっての利便が大きく大幅な削減に対しては水面下での抵抗が強い。削減方法についても、委員長専属車の廃止、政党配属車の正当性への疑問、少なくとも民間委託部分の廃止、あるいは民間委託の拡大と様々な意見は出ているが、意見の集約はできていない。

公用車についても、文通費やJRパス等との重複支給との指摘があり、整理が必要であろう。

 

(3)議員宿舎

議員宿舎は新国会になってから建設された。戦前は、会期が短かったこともあり、恒設の宿舎は必要なく、議会が召集されると議員は事務局などを通じて宿泊施設を確保していた。戦後になると、国会が長期化し、東京に滞在する期間が長くなるだけではなく、終戦後は宿泊所の確保が難しく、また、宿泊料も高騰していた。

したがって、議員宿舎は住宅難の中、国会議員が地元選挙区と国会のある東京との二重生活をおくらざる得ない状況をふまえ、東京での議員活動を支えるということから、委員会用の建物や議員会館とともに、戦後の早い段階で建設がすすめられた。衆議院の高輪宿舎(1947年(昭和22年)7月使用開始)、赤坂議員宿舎(1948年(昭和23年)11月使用開始)、九段議員宿舎(1951年(昭和26年)2月使用開始)、参議院は麹町議員宿舎(1948年(昭和23年)使用開始)、清水谷議員宿舎(1952年(昭和27年)使用開始)などである。衆議院の青山議員宿舎は1961年(昭和36年)に建設された。

現在においては、衆議院の議員宿舎は改築された赤坂議員宿舎(300戸、2007年(平成19年)4月使用開始)と青山議員宿舎(40戸)、参議院では麹町議員宿舎(146戸)と建替え中の清水谷議員宿舎(56戸の予定)がある。また、衆議院は青山宿舎の老朽化に伴い、いったん廃止された九段議員宿舎の再建設を検討している。高輪議員宿舎は2007年(平成19年)に廃止されている。

議員宿舎についての法的根拠はない。衆議院先例集や参議院先例録に議員宿舎の記載があるのみである。その主たる内容は、宿舎の配分方法や議員のみが使用できること、東京都内に住居を持つ議員などは宿舎の配分にあずかれないことなど、手続き、運用上の問題にすぎない。

議員宿舎に関しては、宿舎そのものの必要性があるのか、戦後すぐの時代とは状況が違うのではないか、別途、文書通信交通「滞在費」が出ているのに二重の措置ではないのか、豪華すぎるのではないか8)ただし、衆議院の青山宿舎は築年数が古く老朽化が激しい。また、新赤坂宿舎は外見は豪華だが各戸内は決して立派とはいえない。、周辺相場と比して家賃が安すぎるのではないかとの批判がある。PFI方式のもとで2007年に建てられた赤坂宿舎の総事業費は約338.6億円であり、その家賃は若干引き上げられてはいるが月額13.8万円である。

これら以外にも、議員会館内の健康センター(スポーツジム)、保育園、宿舎と国会の間の送迎バスなど、これまで批判を浴びてきたものがある。

 

      ◇       ◇

 

明治憲法下では議員の待遇は必ずしもよいとは言えず、歳費は政府高官よりも低く、原則として旅費以外の手当もなかった。戦後になると、国会は国権の最高機関となり、議員は公務員の上位にあり国民を代表する民主的な基盤を保障する存在として位置づけられ、このことは議員の特権を拡張するための正当性のある根拠となった。一般職の公務員の最高の給与額より少なくない歳費を受け取り、各種の手当、公用車、宿舎などの様々な便宜も次々と手に入れた。しかし、日本の経済成長が衰えると、議員の特権は一般国民の目線からかけ離れているという流れに変わる。議員の特権は民主的な背景を失った。歳費は高すぎ、手当は多すぎ、様々な便宜は不要なものと断罪されるようになった。

各種手当に限らず数多くの既得権益を有し、また、それらが重複しているがゆえに、現在では議員の特権、優遇との批判が絶えない。他方で、衆議院の議員会館2棟の総事業費は1,170億円と巨額であるが、議員活動の拠点として必要なものであり、国会法に根拠規定もあることから9)国会法132条の2「議員の職務の遂行の便に供するため、議員会館を設け、各議員に事務室を提供する。」これに対する批判は少ない。つまり、議員の受けている手当や便益に合理性が認められ、高額過ぎず、相互の整合性があり重複が回避されているならば批判は生じない。

こうした国会議員の手当、便益については、議院運営委員会やその小委員会、理事会で、ないしは各党間の水面下の協議で話が進み、議論の多くが表に出てこないことも問題となる。国会の経費削減が声高に叫ばれるなか、多くの積極的な改革案が提示されることもあるが、結局はいつの間にか有耶無耶、竜頭蛇尾に終わることが多い。自分たちのことを決める際に、本音の部分は表には出しにくい気持ちは分からないでもないが、国会の場における税金の使途に関わることである以上、より公開性と透明性のある議論を展開しなければならない。

(この項終わり)

 

【主な参考文献】

浅野一郎他 新・国会事典 有斐閣

議会制度百年史 衆議院、参議院編 1990.11

前田英昭 エピソードで綴る国会の100年 原書房

衆議院先例集 平成29年版

参議院先例録 平成25年版

議員歳費等に関する調査会答申 昭和41年3月10日

議員関係経費等に関する調査会答申 昭和57年7月21日

衆議院改革に関する調査会答申 平成13年11月19日

国会改革推進に関する報告 与党三党国会改革推進協議会 平成13年6月28日

国会議員の互助年金等に関する調査会答申 平成17年1月20日

藤本一美 国会議員の「国鉄無料パス」をめぐって 国立国会図書館 ISSUE BRIEF 25/03/87

国政課題の概要―第156回国会 国会図書館 ISSUE BRIEF 07/02/2003

桐原康栄 欧米主要国の議員秘書制度【第2版】 国立国会図書館  ISSUE BRIEF 2011.12.22

武田美千代 国会改革の軌跡 国会図書館 レファレンス 2006.7

前田英昭 今昔議事堂拾遺抄 国会月報 1993.2

前田英昭 国会の先例は語る 国会議員の歳費 国会月報 2002.2

鍋谷淳 国会のキーワード議員宿舎 参議院立法と調査 2018.9

 

脚注

脚注
本文へ1 議案類には多くの種類があるが、法案や決議案などの議案、委員長報告、本会議や委員会の会議録、公報(本会議や委員会の日程、各党の会合の日程、議案の提出等を告知するもの)、委員会審査報告書、質問主意書及びこれに対する内閣の答弁書、請願、陳情、意見書の各文書、政府からの報告書等が代表的なものとしてある。
本文へ2 フジテレビの報道によれば、委員会議録2.23億円、請願文書表600万円、衆議院公報(本会議、委員会、各党の会議の日程、提出議案などが記載された文書)4,500万円といった印刷費用がかかっている。(小泉進次郎氏も手を焼く国会の「紙文化」 意外に険しい「ペーパーレス化で4億円削減」へ 2019.6.10)
本文へ3 議員が内閣に対し国政一般に質問する場合は、簡明な主意書を作成し、議長の承認を得て内閣に転送する。衆議院規則158条では「質問主意書及び内閣の答弁書は、議長がこれを印刷して各議員に配付する。」となっていた。参議院規則153条にも同様の規定があった。
本文へ4 例えば、平成31年3月1日から翌日にかけての徹夜の本会議では、衆議院の国会職員だけで1,800万円の残業代と150万円のタクシー代がかかったという。(朝日新聞2019.3.16)
本文へ5 日本経済新聞2019.6.26
本文へ6 2001年の国会改革推進協議会の報告書記載の衆参の自動車保有台数は、それぞれ166台、113台。
本文へ7 参議院の平成28年の実績では、公務員運転手(80人)の一人当たりの人件費は約867万円、他方、民間委託(12人)は一人当たり588万との指摘がある。(平成30年1月19日参議院議院運営委員会議録 東徹議員発言)
本文へ8 ただし、衆議院の青山宿舎は築年数が古く老朽化が激しい。また、新赤坂宿舎は外見は豪華だが各戸内は決して立派とはいえない。
本文へ9 国会法132条の2「議員の職務の遂行の便に供するため、議員会館を設け、各議員に事務室を提供する。」

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