議員の歳費、手当と国会のコスト(5)
─ 立法事務費
岸井和
2019.09.21
5.立法事務費
立法事務費とは、「国会議員の立法に関する調査研究の推進に資するため必要な経費の一部として」1)国会における各会派に対する立法事務費の交付に関する法律第1条、各議院の各会派に対し交付するものである。つまり、議員個人ではなく、会派に交付される点において他の手当とは異なる。会派は2人以上の議員からなる議長に届け出た院内団体である。現行では各会派に対して、議員1人当たり65万円に議員数を乗じた金額が毎月交付される。総額では、衆議院約36.3億円、参議院約19億円、衆参合わせて年額約55.3億円となる2)平成31年度予算ベース。
立法事務費は、1953年(昭和28年)の国会における各会派に対する立法事務費の交付に関する法律により制度化された。立法事務費の導入の経緯は公的記録を見る限りでは必ずしも詳らかにはならない。
1948年(昭和23年)には、議員は会期中も閉会中も政務調査をやっている、その政務調査費として相当の金額をもらうことは当然であると議院運営委員会の福利小委員会で決定された。これを受け、議員は「政務に関する調査を行うため、政務調査費として月額1万円を受ける」との条文を歳費法に入れることで関係筋と交渉を開始することとした3)昭和23年11月25日衆議院議院運営委員会議録が、不首尾に終わったようである。その後も議員の研究費として要求したが大蔵省に拒否4)昭和25年11月13日衆議院議院運営委員会議録され、1951年(昭和26年)には「関係方面の意向も考慮して」研究費に代わり立法事務費という名目で予算要求をしている5)昭和26年11月30日衆議院議院運営委員会議録。その結果、ようやく昭和28年には立法事務費が認められ、所要の法整備をしたうえで、各議員ではなく、所属議員1人当たり1万円に議員数を乗じた額を各会派に支給することとなった6)昭和28年1月29日、7月4日衆議院議院運営委員会議録。
立法事務費の導入時には、歳費や他の手当も引き上げられており、それに対する批判も強いものがあった。しかしながら、立法事務費については、議員個人ではなく会派に支給されるということで手当引き上げに反対した会派も賛成に回った7)昭和28年7月5日朝日新聞。推測も交えていえば、時間をかけて考えついた、唯一の立法機関の調査研究推進という理屈と会派への支給という手法が「お手盛り」批判を回避する便法となるとともに、それまで議員が支弁していた会派運営の事務経費を全てではないにしろその一部を税金に委ねる実利を得たものと思われる。
立法事務費も逐次増額改定され、たとえば、1958年には倍額の2万円、66年には5万円、72年には10万円、75年には20万円、77年には40万円、79年には60万円、86年には現行と同じ65万円となった。平成に入ってからは引き上げられていない。
立法事務費については、会派に支給するという性格からか、他の手当と比べると批判は少ないように見受けられる。それでも、いくつかの問題点は指摘しておきたい。
まず、無所属議員の問題である。会派は2人以上からなるのが先例であるが、立法事務費については「1人会派」なるものが認められる。無所属議員が政治資金規正法6条1項の規定による届出のあった政治団体を立法事務費を受け取る団体として申し出て、議院運営委員会で認められれば議員数が1人でも交付を受けることが可能である8)国会における各会派に対する立法事務費の交付に関する法律1条及び5条。つまり、法律上は「立法事務費は、議員に対しては交付しないものとする」9)同法1条2とされてはいるものの、事実上、議員が個人的に自由に使用できるお金となってしまう。
第2点としては、各会派に支給された金銭については、どのように使われているのか報告義務がなく、透明性がないということである。法律のもともとの趣旨によれば、立法に関する調査研究の推進に資するための必要な経費であるが、実際は会派の事務的経費に使われているとの指摘もある。それも立法趣旨に含まれる範囲だとの理屈もありうるが、疑念を生まないためには使途の報告や公開は必要である10)昭和57年の議員関係経費等に関する調査会の答申では「交付を受けた会派からその支出の概要を報告する等の措置を考慮すべき」とあり、また、平成13年の「衆議院改革に関する調査会」答申でも「領収書等を付した使途の報告書の提出を義務付け、報告書を閲覧に供するべきである」としている。。
第3に、政党交付金との関係である。立法事務費も政党交付金も政党に対する国庫補助であるが、前者は政党の国会での立法活動に対する補助であり、後者は政党を中心とする選挙や政治活動に対する助成で制度の趣旨目的が異なるとされている。しかしながら、両者の実質的な相違は使途が不明であることもあり、外形的には全く分からない。
1996年(平成8年)8月に公表された土井たか子衆議院議長と鯨岡兵輔副議長による「議員立法の活性化について」という提言においても同様のことが言及されている。その最初の項目には「各政党(会派)の政策補佐スタッフの充実・強化を図るため、公的助成金の使途を、政策立案機能の充実・強化に関する分野に振り向けるよう制度を改善すること。」とある。やや婉曲な表現を用いているものの、立法事務費を政党の運営費ではなく政策スタッフ、情報収集・調査経費など本来の目的に沿ったものに改善することを提言している。
2001年(平成13年)の「国会改革に関する調査会」答申では、立法事務費と政党交付金との整合性について、「立法事務費については、政党交付金の制度ができたのだから、現行の会派支給を止め、これを議員に支給し、議員の立法活動の使用に供するべきである」として、直接議員の立法調査経費に充てるべきだとしている。
(続く)
脚注
本文へ1 | 国会における各会派に対する立法事務費の交付に関する法律第1条 |
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本文へ2 | 平成31年度予算ベース |
本文へ3 | 昭和23年11月25日衆議院議院運営委員会議録 |
本文へ4 | 昭和25年11月13日衆議院議院運営委員会議録 |
本文へ5 | 昭和26年11月30日衆議院議院運営委員会議録 |
本文へ6 | 昭和28年1月29日、7月4日衆議院議院運営委員会議録 |
本文へ7 | 昭和28年7月5日朝日新聞 |
本文へ8 | 国会における各会派に対する立法事務費の交付に関する法律1条及び5条 |
本文へ9 | 同法1条2 |
本文へ10 | 昭和57年の議員関係経費等に関する調査会の答申では「交付を受けた会派からその支出の概要を報告する等の措置を考慮すべき」とあり、また、平成13年の「衆議院改革に関する調査会」答申でも「領収書等を付した使途の報告書の提出を義務付け、報告書を閲覧に供するべきである」としている。 |
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