国会のコスト(6)

議員の歳費、手当と国会のコスト(6)
─ 鉄道パス、旅費、議会雑費

岸井和
2019.09.28

6.鉄道パス(無賃乗車券、議員特殊乗車券、航空券引換証)

鉄道パスの歴史は意外と古い。1897年(明治31年)、成立したばかりの山県有朋内閣は議会への対応準備ができないため、摂河泉の軍事大演習に議員を陪観させることで時間稼ぎを狙った。このとき、経費を浮かせるために無賃乗車券を発行した。これを前例として議員側は無賃乗車券を発行するように政府に要求するようになった。見聞が広まり立法の資料が豊富となり、行政監督権を行使する上でも便宜をえて、国利民福のためにも裨益する、というのが理屈であった。

この要求は政府から拒否されてきた。しかし、1906年(明治39年)の鉄道国有化法案が成立した見返りに西園寺公望内閣は議員に無賃乗車券を与えることに決める。鉄道の軍事利用などのために政府は国有化を強く目指していたが強固な反対にあい難航する審議を経て成立したもので、政府の裁量で褒賞的な意味合いを込めて配付したものであった。ところが、議員のみならず各方面に無賃乗車券が乱発されたため、1925年(大正14年)には政府はその全廃を決めた。この措置に対抗して議会は、無賃乗車券の法的根拠を定めるために議院法を改正する1)議院法第十九條ノ二 「各議院ノ議長副議長及議員ハ別ニ定ムル所ノ規則ニ從ヒ無賃 ニテ國有鐵道ニ乘車スルコトヲ得」と規定された。別に定むる規則は「帝国議会各議院議長副議長及議員国有鉄道無賃乗車規則」。。議院法には旅費の規定もあり、無賃乗車券との重複も議論となったが旅費の規定もそのまま残された2)以上、前田英昭「エピソードで綴る国会の100年」による。

無賃乗車の規定は、新国会になってからも国会法に引き継がれ「議員は、別に定める規則に従い、会期中及び公務のため自由に国有鉄道に乗車することができる。(37条)3)昭和30年に「国有鉄道」というのを「日本国有鉄道の交通機関」という字句に修正している。」とされた。GHQは無賃乗車券の継続に反対したが、「会期中」「公務のため」という制約をつけて国会側が押し切った4)藤本一美 国会議員の「国鉄無料パス」をめぐって ISSUE BRIEF No0024 25/03/87。したがって、政令5)国会議員日本国有鉄道無賃乗車令に基づき国鉄が国会議員の乗車運賃を引き受けていた格好になる。 

1987年(昭和62年)の国鉄民営化を契機に、民間会社に費用負担させることは無理があり、鉄道パスを廃止するのか、新たに国の負担で国鉄パスを買い上げるのかは、国会の内外で大きな議論となる。行革に逆行する議員特権の維持、私的な用事でも利用されている実態などに批判が集まり、その年の暫定予算には鉄道パスの費用は計上できない事態となった。しかし、目に見える議論がほとんどない6)昭和62年6月2日読売新聞まま、本予算が成立したのちには、国会とJR各社が契約を交わしたうえで鉄道パスは継続されることになった。翌年には、国会議員の職務の遂行に資するためとして、歳費法10条の2(現在の10条)の特殊乗車券7)歳費法には「新会社の鉄道及び自動車に運賃及び料金を支払うことなく乗ることができる特殊乗車券」とある。と航空券引換証の交付の規定を設けた8)国会法37条の規定は国鉄民営化に伴い、昭和62年に削除されている。。法的根拠を失っているとの批判を回避する方策ではあるが、鉄道パスだけではなく航空券の交付まで認める法改正を行ったのである。航空券については、選挙区が遠隔地の議員から強い要望がかねてより出ていた。

現在では、地元選挙区との関係から、JRパスのみ、JRパスと航空券引換証(3往復)、航空券引換証のみ(4往復)からの選択となる。鉄道については各議員に記名の「国会議員鉄道乗車証」が交付される。予算額は衆議院においては約9億、参議院においては約4.6億円であり9)平成31年度予算ベース、その予算の範囲内において航空券引換証が交付される。

このJRパス等は文通費との整合性も問題になる。文通費(文書通信交通滞在費)は「公の書類を発送し及び公の性質を有する通信をなす等のため」と交通の部分には言及されていないが、JRパス等については「その職務の遂行に資するため」とある。仮に議員活動に必要なものとして交通費の国庫負担を認めるとしても、同じ交通費であり、しかも文通費とJRパスの趣旨目的の相違も不明であり、重複しているのではないかとの指摘も当然出る。

 

7.旅費

旅費の規定は前述のとおり、帝国議会時代の議院法10)議院法第一十九条「…別ニ定ムル所ノ規則ニ従 ヒ旅費ヲ受ク…」。別に定むる規則は「帝国議会議長副議長議員歳費及旅費支給規程」。にも定められていたが、新国会においても、同様の規定が定められた。つまり、歳費法及び歳費支給規程において、議員が召集に応じた場合には応召旅費及び帰郷旅費を、また、議院の公務により派遣された場合には派遣旅費を旅行日数に応じて支給することとした。

その後、1984年(昭和59年)には応召旅費と帰郷旅費は廃止された。1982年(昭和57年)の「議員関係経費等に関する調査会」答申で、閉会中も委員会の審査が行われている等の国会活動の現状に合わないこと、交通手段の著しい発達を見て現行制度と実態が乖離していることから廃止すべきとの答申を得ていた。

旅費は、議院の公務により派遣された場合、国家公務員等の旅費に関する法律に準じて、1日当たりの定額に日数を乗じた金額が支給される。交通費については、JRパス等と重複する部分については支給されていない。

 

8.議会雑費

議会雑費11)議会雑費は通称、委員長手当と呼ばれている。は1949年(昭和24年)に創設された手当である。歳費法8条の2の規定が追加され、手当の支給対象はすべての議員ではなく、議長や常任委員長らの国会の役員と特別委員長等に対し、国会の会期中の雑費として、予算の範囲内で日額200円を越えない範囲で支給を受けるとされた。会議録では、常任委員長等の使う自動車の運転手に自分でチップその他を渡す不便をかけているが、国会の会期中に限り予算の範囲内で議会の雑費を受けることとして、これらの諸費用に充てていただきたいとの趣旨を事務総長が答弁している12)昭和24年11月30日衆議院議院運営委員会議録

現在では日額6,000円の割合で非課税の議会雑費が支給される13)法律上は、「国会の会期中に限り、予算の範囲内で、議会雑費を受ける。ただし、日額六千円を超えてはならない」となっている(歳費法8条の2)。。常会が150日だとすると90万円となる。使途の報告義務もない。現在でも委員長等が運転手にチップを渡しているかどうかははっきりしないが、税金からチップを出すのはいかがかと思うし、その他の支払いに使うとしてもあまりにも不明瞭で合理性はない。

導入時の経緯も不明であり、非課税であること、使途報告がないことから、議会雑費に対する批判は強い。2012年(平成24年)には議会雑費廃止の法案が提出されたが成立はしなかった。

さらに、議会雑費は議長や委員長等の個人に支払われるが、委員長に支出権限のある委員会会議費という経費が別途組まれている。委員会や理事会等の運営に伴う昼食代やお茶代などの経費として国政調査活動費から支出されている。委員会の人数によって異なるが、一般的な委員会で年額140万円程度の予算額となる。委員長個人に支払われる費用ではないが、委員会運営上の経費はこれで賄われているので、他方の委員長手当としての議会雑費は「何のための雑費」「雑費とは何ぞや」との疑問がある。衆参合わせて総額約6千万円14)平成31年度予算ベース と他の手当と比べると総額は多くはないが、その性格の不透明性や委員会会議費との整合性を考えると議会雑費の必要性を主張するのは難しい。

(続く)

脚注

脚注
本文へ1 議院法第十九條ノ二 「各議院ノ議長副議長及議員ハ別ニ定ムル所ノ規則ニ從ヒ無賃 ニテ國有鐵道ニ乘車スルコトヲ得」と規定された。別に定むる規則は「帝国議会各議院議長副議長及議員国有鉄道無賃乗車規則」。
本文へ2 以上、前田英昭「エピソードで綴る国会の100年」による。
本文へ3 昭和30年に「国有鉄道」というのを「日本国有鉄道の交通機関」という字句に修正している。
本文へ4 藤本一美 国会議員の「国鉄無料パス」をめぐって ISSUE BRIEF No0024 25/03/87
本文へ5 国会議員日本国有鉄道無賃乗車令
本文へ6 昭和62年6月2日読売新聞
本文へ7 歳費法には「新会社の鉄道及び自動車に運賃及び料金を支払うことなく乗ることができる特殊乗車券」とある。
本文へ8 国会法37条の規定は国鉄民営化に伴い、昭和62年に削除されている。
本文へ9 平成31年度予算ベース
本文へ10 議院法第一十九条「…別ニ定ムル所ノ規則ニ従 ヒ旅費ヲ受ク…」。別に定むる規則は「帝国議会議長副議長議員歳費及旅費支給規程」。
本文へ11 議会雑費は通称、委員長手当と呼ばれている。
本文へ12 昭和24年11月30日衆議院議院運営委員会議録
本文へ13 法律上は、「国会の会期中に限り、予算の範囲内で、議会雑費を受ける。ただし、日額六千円を超えてはならない」となっている(歳費法8条の2)。
本文へ14 平成31年度予算ベース

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