旧文通費改革の政治過程
岸井和
2025.1.14
2024年10月の総選挙で与党が衆議院で過半数を割り、少数内閣が誕生することとなった。首班指名は乗り切ったものの、与党は予算や法案などを成立させるためには少なくとも野党の一部の協力を得なければならなくなった。野党としては政権交代には至らずとも自らの政策を実現する大きなチャンスを得たこととなる。
所得税のスレッシュホールドである「103万円の壁」を取っ払う作業は与党と国民民主との間で協議が断続的に行われているが、新構成の国会での大きな焦点は政治とカネをめぐる問題、つまり、「企業・団体献金の禁止」「政策活動費の廃止」「旧文書通信交通滞在費の収支の明確化」の三つの問題である。これまで与党は長年にわたって批判を受けてきたこれらの問題にサボタージュを続けてきたが、過半数を割ったため野党の言い分に真剣に対応せざるを得なくなった。今まで通りののらりくらりとした対応を続ければ、最後は内閣不信任により政権が倒れてしまうからである。逆に野党はほぼ一致して与党に政治とカネの改革を強気に迫っている。
長年にわたる文通費問題
三つの問題のうち、企業団体献金の禁止と政策活動費の二つは政治資金規正法にかかる問題であり、政治と密接に関係するが総務省所管の事項である。旧文通費(調査研究広報滞在費)は国会法及び国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律、すなわち国会内の問題であり、議員個人活動にかかる問題で、これまでも役所の関与を排除して進められてきた。
旧文通費は戦後一貫して議員特権の拡大の方向、つまり金額も使途も拡大の方向で、いわば与野党の「お手盛り」で進められてきた。しかしながら、経済の成長が止まり、政治と金の問題が厳しくなってくると、領収書も不要、非課税の議員個人に対する「わたしきり」の毎月100万円に対する批判は強くなっていった。議員の経費は認めたとしても収支を明らかにしないお金の存在は一般国民の感情としては許せないものがあった。遅くとも2001年の議長の諮問機関、瀬島龍三調査会の答申では収支を公開することを求められていた。しかし、国会はこの答申を無視し、さすがに金額を増額することはできなかったが、制度を改正しようとはしなかった。与党はサボタージュし、野党は表向きとは異なって与党の姿勢を歓迎していた。誰でも自由に使えるお金の存在は内心では歓迎であり、利害は与野党共通していたのである。
維新の追及と自民のサボタージュ
近年、維新は一貫して旧文通費を問題視していた。原資が税金でしかも非課税であるにもかかわらず、使途の透明性がないことを批判し、少なくとも2015年以降は維新所属議員の旧文通費の使途をホームページで公開している。他の問題で維新の協力が必要な時や世論の批判が高まった時には、自民は旧文通費に対する維新の熱心な姿勢を上手に利用した。徹底的な改革は回避しつつ問題を長引かせ、タダでは権益は放棄しない、したたかさでもある。
2021年10月31日に初当選した議員に在職1日でも10月分満額が支給されたことを維新の新人議員が明らかにし、それを発端に旧文通費問題が大きな政治問題化した。2022年4月には法律が改正されて、名称が変更されるとともに、文通費の日割り支給が決められた。これは限定的な改革でしかなく、単に「やりました」とのポーズを示すものに過ぎなかった。旧文通費の日割支給は使途公開に比べて些細な問題で、選挙のある数年に一度のことにすぎない。
また、名称変更とともに、目的が「公の書類を発送し及び公の性質を有する通信をなす等」から、「国政に関する調査研究、広報、国民との交流、滞在等の議員活動」に変更され、批判を避けるため現状に合わせて使途の自由度はさらに大きくなった。使途が公開されないのだから使用目的を拡大しても意味はないが、仮に文書・通信・交通・滞在に使っていなかったことがバレたときには防波堤にはなりうる。
文通費改革の本丸であったはずの「使途公開」については公開対象、方法などについて合意が得られず先送りとなったが、この目くらましにより一時的に改革への世論の熱意は下火となった。これが小手先の改革の最大の成果であろう。改革のペースはゆっくりと、まずはその場しのぎから。
しかし、火種は完全に鎮火していたわけではなかった。自民の裏金事件で政治と金が大問題となると、旧文通費の問題も再び争点となった。
2024年5月には岸田総理は、政治資金規正法改正に維新の賛成を得るために馬場維新代表の間で、使途公開と残金返納の旧文通費改革等の合意文書を交わしたが、その後自民は早期改革に乗ってこず、総理も「具体的な実現時期は合意文書に記載されていない」とした。期限を定めない合意は国会戦術の常套手段である。維新は「うそつき内閣」と憤慨した(維新は政治資金規正法改正に衆議院では賛成したが、参議院ではだまされたとして反対)。
それでも、完全に合意を反故にはできない自民は2024年6月には大島元衆院議長らから意見聴取を行う方針を決めるも、実際にヒアリングしたのは9月になってからである。議会は手続き、手順の場であるからある程度の時間がかかるのは宿命とはいえ、あまりにスケジュールが緩慢すぎる。「やりたくない」「緊急にやる必要はない」ことに対しては国会は驚くほどのスローペースになる。世間がうるさいから何らかの合意は行う、しかし、先には進めない。単に進めないのでは批判を浴びるのでやっている格好はとる。内容は何とでもとれるようにし、期限は定めない。
有識者から意見を聞くのはもっともなようではあるが、実際に聞くまでに何か月もかける。しかも、旧文通費は自分たちのことだから議員本人がよく知っていて今さら有識者?の意見を聞いてもほとんど意味がない。さらに意見を聞くのは参議院も含めても、元正副議長、国会職員といわゆる身内ばかりである。制度の根本に懐疑的な学識経験者やジャーナリスト等の声を聴かないのはなぜだろうか?
こうやって亀の歩みのような超スローペースでことを運び、やっているフリをして、最後には世間から忘れ去られることを期待している。与党の得意な政治手法の一つである。1994年の与野党の企業・団体献金禁止の合意もこうして忘れ去られた(制定法の附則では、「この法律の施行後五年を経過した場合においては、…会社、労働組合その他の団体の政党及び政治資金団体に対してする寄附のあり方について見直しを行うものとする」として禁止を明示せず、曖昧な表現となっている)。
突然の前進
しかし、事態は一変した。冒頭で述べたとおり与党が衆議院で過半数を割ってしまったのだ。野党は政治と金を争点として総選挙に臨み、少数与党に追い込んだ。国会の環境が劇的に変化したことでサボタージュも限界にきた。ダラダラ進めていた政治と金の問題は政権の命運にかかわる喫緊の課題となってしまった。
自民に余裕はなくなり、ついに白旗を挙げた。第二次石破茂政権が誕生したその日の11月11日に、総理は政策活動費とともに旧文通費について年内に決着を図りたいと自民党両院議員総会で語った。20日には旧文通費の衆議院与野党7会派による協議会が開かれ、年内の法改正に向けて努力することとなった。
12月11日には、衆議院の与野党7会派は使途公開、残金返納、2025年8月1日から施行することで合意し、各党の党内手続という最終段階にうつった。12月17日には歳費法の改正案が、政治資金規正法改正案などとともに衆議院を通過し、20日には参議院でも可決成立した。何年も議論して先に進まなかったが、総選挙の結果を受けてあっという間に改革が行われたことになる(所管の議運での質疑が参議院で数分行われただけで、外形的には不明なままに突然結論が出てきたのは気にかかるところではあるが、今回の場合は議論の余地もなかったということかもしれない)。
抜け道はないのか?
しかしながら、実は話はまだ終わっていない。今次の改正では旧文通費の公開と残金返納の基本的骨格が決まっただけである。領収書等を添付した報告書を年に一回議長に提出し、その写しは公開され、また、残余の額を返還しなければならない。これを実施していくにつき、「使途」「公開」「返納」の具体的詳細は議員が協議のうえ、両院議長の決定による規程となると思われる。
「使途」については、旧文通費は議員の国会活動の経費に充てられるものであるから、党勢の拡大や選挙のための費用として使用することは本旨に反している。このように本来であれば旧文通費を政治団体に寄付することは脱法行為なのだが、政治団体への寄付を認めるのか、認める場合にどう公開するのかは両院議長協議決定等に委ねるとしている(「両院議長協議決定」とは国会内部の独自の法形式であり、通常は両院議長が両院の議院運営委員会や理事会に諮って定められ、議論の経過は表には何も出てこないまま決められることになる)。人件費についても旧文通費から選挙活動を行っている者に支払われる可能性もあるが、この適否を第三者がひとつひとつ判断するのは困難かもしれない。
「公開」については、領収書を添付することは義務付けられるが、それが一円単位なのか、たとえば一万円以下は領収書不要とするのか。国民との交流に使用した場合、相手の具体的指名は公開されるのか。公開資料は法文上は「写し」とあるが、外からのチェックが行いやすいようにデータベース化するのか。
「返納」については、返納金額を判断・決定するのは誰なのか。それは使途の適切性の判断にもかかわってくる。不適切な使用は当然に認めないとして、それは議員任せなのか、事務的に判断するのか。
そのほかにも考慮すべき問題点は出てくるであろうが、この基準の詳細を決めるのは議員たち自身であり、彼らは「抜け道」を頭に描きながら最後の知恵を振り絞ってくる可能性はある。せっかくここまで進めたのだから、抜け道を封ずるように国民は見張っていなければならない。
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