国会のコスト(3)

議員の歳費、手当と国会のコスト(3)
―  新国会での歳費

岸井和
2019.09.05

(2)新国会での歳費

戦後になり、国会は国権の最高機関、国会議員は全国民の代表と位置付けられた。それに応じて、歳費も一般の国家公務員の最高額よりも高く設定することに国会法で規定された。新国会では歳費月額3,500円となる(議長は7,000円、副議長は5,000円)。歳費という名前なのに月額を規定するのは不合理という指摘も出たが、便宜的技術的に月単位とすることも可能ということとなった1)昭和22年3月30日(92回帝国議会)国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律案特別委員会議事速記録戦後まもなくは、歳費だけでは生活に耐えられず、衆参の議員がGHQに手当の増額を陳情に出かけたりしたこともあったが、その後は逐次引き上げられていく。

1958年(昭和33年)には、それまで都度法改正をして歳費額を定めていたものを、議長は内閣総理大臣の、副議長は国務大臣の、議員は政務次官の俸給月額に相当する額を歳費月額として受け取るとの規定とするため歳費法を改正した。政府に連動、つまり、人事院勧告に連動して自動的に歳費額が改正されるようになった。これは都度改正する煩わしさがなくなるとともに、歳費引き上げの批判を避けることにもつながる。この時点(1958年4月1日)での議員歳費月額は9万円となった。

しかし、歳費値上げに対する批判と、議員がその対応に苦慮する事態は1964年(昭和39年)におこった。この年の歳費は人勧通りに行えば18万円から24万円への増額であったが、増額幅が大きすぎることや歳費以外の手当が非課税であることから大きな批判が巻き起こる。国会では「歳費月額については1年間従前通り」として引き上げを延期した2)昭和39年12月17日衆議院議院運営委員会議録。だが、これも問題の先送りに過ぎなかった。1年後になっても、国民の批判は収まらず、議員は歳費増額分を当面辞退することとなる。船田中衆議院議長は有識者からなる「議員歳費等に関する調査会3)座長は宮澤俊義元東大教授」を設置し、その結論を待って事態の収拾を図ることとした。

調査会の答申は1966年(昭和41年)3月に山口喜久一郎議長4)船田議長は日韓条約をめぐる国会の混乱の責任を取り辞任した。に提出された。この答申の内容は、歳費は24万円とし、各種手当は整理した上で非課税扱いを一部課税扱いとするというものであった。歳費は増額され、手当は課税扱いとなったが手当の総額を増加させたため実質的な減額とはならず、実質的には議員に有利なものであった。

その後も日本の経済成長、賃金上昇に合わせて歳費額は自動的に、漸次増加していった。例えば、1975年(昭和50年)に68万円、1985年(昭和60年)に102.5万円、1999年(平成11年)には137.5万円となり、これがこれまでの歳費の最高額である。この間の1982年(昭和57年)には「議員関係経費等に関する調査会5)座長は高辻正己元法制局長官」が、人事院勧告に基づいて定められる歳費決定について現行の体系を維持することが相当であるとの答申を提出している。

しかし、1999年(平成11年)から2001年(平成13年)の金額(3年間同額)を最高としてその後は若干だが減少に転ずる。歳費に対する国民の考え方や政治家の意識は大きく変化していた。橋本内閣の行財政改革にあたり、その痛みを国民と分かち合うために国会議員が率先して犠牲を払うべきであるとの考えが強まってきていた。世論の批判をかわすための国会の中での単純な歳費削減協議ではなく、厳しい財政状況をふまえた構造改革の一環、各党の政策として歳費削減が捉えられるような転換があった。

表2  議員歳費月額の変遷(1999年以降)

実施時期

歳費月額

備考

1999.4.1

1,375,000

(最高額)

2002.4.1

1,237,500

歳費1割削減

2005.4.1

1,328,000

 

2005.12.1

1,324,000

 

2006.4.1

1,301,000

 

2009.12.1

1,297,000

 

2010.12.1

1,294,000

 

2011.4.1

794,000

50万円削減

2011.10.1

1,294,000

 

2012.5.1

1,127,333

12.88%削減

2012.12.1

1,035,200

20%削減

2014.5.1

1,294,000

(現行)

2000年(平成12年)4月の代表質問で野中自民党幹事長は、森総理に決断していただきたいこととして「一つは、我々国会議員が歳費を1割カットすること」と発言し、その2か月後の衆議院総選挙の自民党公約にも歳費1割削減が掲げられた。この時期、歳費削減に留まらず、議員の待遇全般、国会事務局の効率化等についても議論が盛んに展開されるようになっていく。

各党間の協議を経て、歳費の1割削減は2002年(平成14年)4月から実現した。前々年、前年と歳費は据え置かれていたものの、歳費削減に至ったのは初めてである。これにより議員歳費は月額123.75万円、衆参全体で年間約17億円の支出削減となった。歳費削減は与党内にも反対する声があり当初は1年限りの措置であったが、最終的には3年間にわたり削減は続けられた6)この3年の間、法律本則上の歳費は人勧に応じて変動したが、実態は123.75万円で固定されていた。。1割削減すると、「一般職の公務員給与の最高額より少なくない歳費」という国会法の規定の趣旨に反するという批判も出た(他方で、上記1966年の調査会の報告にあるように、公務員給与との性質上の違いにかんがみ、この規定を削除することを検討すべきという考えも前からあるのだが。)。削減措置が解除された時点(2005年41日)では人勧に従って132.8万円であった。

2006年(平成18年)には人勧による特別職の給与引き下げとあわせて1.7%減額された。この改正の際、今後は人勧による公務員給与増額に直接連動して簡単に歳費増額をしないようにするため、歳費額は歳費法1条に直接明示することとされ、かつての方式に戻った。人勧による給与構造改革との整合性をとるために、国会法35条も改正されている7)「一般職の国家公務員の最高の給料額より少なくない歳費」という規定が、給与構造改革に伴う経過措置により現給保障のある事務次官などの給与が調整手当や地域手当を加えると歳費より高額となるため、「…給与額(地域手当等の手当を除く。)より少なくない」に改められた。

その後も、歳費は少しずつ引き下げられる。2010年(平成22年)12月には129.4万円と現行水準と同じになる。しかし、2011年(平成23年)4月から9月までの半年間は、東北地方太平洋沖地震・津波の被災地域の復旧・復興に資するための「歳費月額減額特例法8)平成二十三年東北地方太平洋沖地震等による災害からの復旧復興に資するための国会議員の歳費の月額の減額特例に関する法律案」に基づき、一律50万円の歳費を削減して79.4万円とした9)共産党からは、議院運営委員会に置いて何らまともな議論をしないままに提案されたとの批判が出た。平成23年3月31日衆議院議院運営委員会会議録これで、総額約21億円の削減効果であった。

2012年(平成24年)5月からは、財政状況や東日本大震災に対処するために12.88%の歳費削減を「臨時特例法案10)国会議員の歳費及び期末手当の臨時特例に関する法律案」として決めた11)共産党からは、議院運営委員会に置いて何らまともな議論をしないままに提案されたとの批判とともに、削減率についても疑問が呈された。平成24年4月26日衆議院議院運営委員会会議録。さらに、同じ年の11月の解散直前に歳費削減幅を20%に拡大する「臨時特例法改正案」が成立した。財政状況、国民世論を踏まえて政治家が自ら身を切る姿勢を示し、議員定数削減の動向を勘案しつつ歳費削減を拡大するというものである12)自民党からは、「あすまさに解散をしようかというようなときに、けさになって唐突に出されたものでありまして」との批判が出た。平成24年11月15日衆議院議院運営委員会議録が、総選挙を意識したものであることは明白である。この結果、歳費は103.52万円となり、この措置は2014年(平成26年)4月まで続いた。それ以降は、129.4万円で現在に至る13)こられ以外に、平成22年8月には、歳費の日割計算を可能とする歳費法改正が行われた。解散、任期満了、新規当選などで月の途中で国会議員でなくなった場合、あるいは国会議員となった場合は、日割計算により月額との差額を国庫に返納することを可能とした。さらに、同年12月には歳費法が再度改正され、議員の死亡、衆議院の解散の場合を除き、歳費は議員の身分を有する間の日割計算となった。

議員歳費削減の圧力は強まっている。議員側もそれを敏感に感じ取って、内心では消極的ながらも削減努力を繰り返してきた。しかし、政治的パフォーマンス、ポピュリズムとの批判も強い。特に近年の削減議論は情緒的であり、かつ性急である。削減の理由として、国民と痛みを分かち合う、被災者の苦難を分かち合う、政治家が率先して身を切る、高すぎるといった言葉が頻繁に使われている。選挙の時も、1割削減とか2割削減とか大雑把な数字が根拠なく公約に出てくる。

歳費の扱いについて事前の内々の交渉はあるが、所管する議院運営委員会での議論はほとんどなく、委員会に提案されたその日のうちに委員会、本会議で議決されている。本来的に議員歳費とはどういう性格のものなのかー給与なのか費用なのか、議員としての品位ある生活を送るにはどの程度の金額が必要なのか、他の様々な手当を含め議員の処遇を全体としてどう考えるべきかなどについて、公開された委員会の場で、あるいは当事者たちを外した第三者機関などで議論を積み重ねたうえで結論を求めなければ、歳費の水準について国民の理解は得られない。

とはいいながら、適正な歳費の水準を示すことは難しいことも事実である。そこで、よく言われるのは国際比較である。最初の議院法制定時も、参考資料的に各国の歳費の金額の資料が残されているのは面白い14)井上毅が保管していた「再修議院法」(梧陰文庫所蔵)には、欧米各国の議員や議長の年俸が記されている。

参考までに現在の日米英の議員歳費を比較してみると次のようになる。

表3  議員歳費年額比較(2019.3)

日本

2,181万円

(2,181万円)

米国

174,000ドル

(1,931万円)

英国

77,379ポンド

(1,122万円)

1ドル111円、1ポンド145円で計算

歳費だけを比較すると、日本が最も高い。しかし、単に歳費だけを比較することにも問題があり、その他諸手当も勘案しないとならない。手当の種類や支給方法も国ごとに異なり、全体像を比較するのはなかなか困難であるが、例えば、米国の秘書雇用、事務所費用、公務郵送費用の下院議員1人当たりの平均額は2010年度の金額では1,522,114ドル、上院議員の場合は秘書手当と事務所手当3,343,867ドル15)欧米主要国の議員秘書制度【第二版】 ISSUE BRIEF NUMBER732 2011.11.22 国会図書館であり、日本円にして1億数千万円から4億円弱になる。 米国の場合は他の国と比べても格段に高額になるが、議員1人当たりのコストは単に歳費だけでは比較できないことがわかろう。

したがって、国会においても単に歳費を増減するだけの改正を行うのではなくて、議員の待遇全体(生活費や費用を含めて)を広範囲に見渡しながら改革の議論をしなければならない。

英国では、議会や政府から独立した機関IPSA(Independent Parliamentary Standards Authority)が、議員歳費や年金、手当等について規定し、管理をしている。2009年の議会手当スキャンダルに対応するため設けられた機関である。2011年から議員歳費や諸手当などの水準はIPSAが決定する仕組みに改められた。IPSAにはその運用経費が高すぎるなど様々な批判も出ているが、独立した第三者機関が議員経費をモニタリングした上でその水準を示すことには、自分のことを自分で決めているという批判を防ぎ、時勢に流されることなく議員の待遇を全体的に判断し、一定の客観性のある歳費等を提示できるというメリットはあるかもしれない。

(続く)

脚注

脚注
本文へ1 昭和22年3月30日(92回帝国議会)国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律案特別委員会議事速記録
本文へ2 昭和39年12月17日衆議院議院運営委員会議録
本文へ3 座長は宮澤俊義元東大教授
本文へ4 船田議長は日韓条約をめぐる国会の混乱の責任を取り辞任した。
本文へ5 座長は高辻正己元法制局長官
本文へ6 この3年の間、法律本則上の歳費は人勧に応じて変動したが、実態は123.75万円で固定されていた。
本文へ7 「一般職の国家公務員の最高の給料額より少なくない歳費」という規定が、給与構造改革に伴う経過措置により現給保障のある事務次官などの給与が調整手当や地域手当を加えると歳費より高額となるため、「…給与額(地域手当等の手当を除く。)より少なくない」に改められた。
本文へ8 平成二十三年東北地方太平洋沖地震等による災害からの復旧復興に資するための国会議員の歳費の月額の減額特例に関する法律案
本文へ9 共産党からは、議院運営委員会に置いて何らまともな議論をしないままに提案されたとの批判が出た。平成23年3月31日衆議院議院運営委員会会議録
本文へ10 国会議員の歳費及び期末手当の臨時特例に関する法律案
本文へ11 共産党からは、議院運営委員会に置いて何らまともな議論をしないままに提案されたとの批判とともに、削減率についても疑問が呈された。平成24年4月26日衆議院議院運営委員会会議録
本文へ12 自民党からは、「あすまさに解散をしようかというようなときに、けさになって唐突に出されたものでありまして」との批判が出た。平成24年11月15日衆議院議院運営委員会議録
本文へ13 こられ以外に、平成22年8月には、歳費の日割計算を可能とする歳費法改正が行われた。解散、任期満了、新規当選などで月の途中で国会議員でなくなった場合、あるいは国会議員となった場合は、日割計算により月額との差額を国庫に返納することを可能とした。さらに、同年12月には歳費法が再度改正され、議員の死亡、衆議院の解散の場合を除き、歳費は議員の身分を有する間の日割計算となった。
本文へ14 井上毅が保管していた「再修議院法」(梧陰文庫所蔵)には、欧米各国の議員や議長の年俸が記されている。
本文へ15 欧米主要国の議員秘書制度【第二版】 ISSUE BRIEF NUMBER732 2011.11.22 国会図書館

コメント

タイトルとURLをコピーしました