国会の日程と攻防(4)

国会の日程と攻防(日程闘争の場としての国会)(4)

岸井和
2021.08.25

1日程闘争
2儀式としての本会議
3国会審議は政府がコントロールしている
4国会議員は審議の主役たりえるのか
5野党活躍の場―国政調査、スキャンダルの追及
6審議の大詰め
7野党の抵抗はどこまで可能か
8日程闘争に意味はあるのか―「働き方改革法案」
 つるし
 から回し
 定例日
 野党提出法案
 解任決議案、不信任決議案
 一事不再議
 修正、附帯決議
 善後策
 「働き方改革法案」は建設的な審議であったのか
9国会をどう修正するか 

8 日程闘争に意味はあるのか?ー平成30年の「働き方改革法案」(第196回国会)

平成30年1月からの第196回国会では、予算はもちろんのこと、森友、加計学園の問題が持ち上がり、文書の偽造などのスキャンダルが問題となったが、政策面では政府提出の「働き方改革法」が重要法案であった。

これとともに、先の表の審議された野党提出議員立法8法案のうち4法案が働き方改革に関連する法案(対案)であった。

2018年 働き方改革法案の衆議院における審議経過 (196回国会 厚生労働委員会)

 ・働き方改革推進法案(内閣提出)(重要広範議案)
 ・雇用対策法改正案、労働基準法改正案外2案(国民民主提出)
 ・労働基準法等改正案(立憲民主提出)

4. 6(金) 【閣法提出】
4.27(金) 本会議 閣法趣旨説明(維新以外の野党欠席)
     委員会① 閣法趣旨説明(維新以外の野党欠席)
5. 2(水)  委員会② 閣法質疑(与党と維新のみ、野党は欠席=質疑は「から回し」)
5. 8(火) 【国民案、立民案提出】
5. 9(水) 委員会③ 野党案趣旨説明
        閣法・野党案質疑
5.11(金) 委員会④ 閣法・野党案質疑
5.16(水) 委員会⑤ 同上
5.18(金) 委員会⑥ 同上
5.22(火) 委員会⑦ 参考人に対する質疑
5.23(水) 委員会⑧ 閣法に対する修正案提出(自民・公明・維新)、趣旨説明
          閣法・野党案質疑(総理出席)
    【総理質疑終了後、厚生労働委員長解任決議案提出(委員会ストップ)】
5.24(木) 本会議 厚生労働委員長解任決議案否決
5.25(金) 委員会⑨ 閣法・野党案質疑
    【質疑途中で厚生労働大臣不信任決議案提出(委員会ストップ)】
     本会議 厚生労働大臣不信任決議案否決
     委員会⑨再開 閣法を修正可決(強行採決、野党案は採決せず)
5.29(火) 本会議 働き方改革推進法案を議題とせず(与野党対立の解消策模索)
5.30(水) 委員会 一般質疑(審議不十分との野党からの抗議により追加質疑)
5.31(木) 本会議 閣法を修正議決、参議院へ送付

6.29(金) 参議院本会議で可決成立

ここには、多くの日程闘争のノウハウが詰め込まれている。
委員会の日程は、法案の賛否は別として、与野党の理事会や理事懇談会で協議し、両者合意の下で決めることを原則としている。国会運営上の全会一致の原則と呼ばれており、帝国議会から続いている。この全会一致の原則を前提として、全体の日程の運びについては、以下のようなハードルが存在している。

①「つるし」(46日~427日)
法案提出から、審議入りまで21日かかっている。「つるし」(本会議趣旨説明要求)は最初の段階での抵抗手段として使われる。特に重要な法案は本会議で趣旨説明を聴き、質疑をすることを要求できる。この本会議の設定を遅らせることで審議入りを遅らせ、時間稼ぎをする。野党は「まだ、法案の精査が終わっていない」「法案を付託する委員会が他の法案審査で渋滞している」「対案を提出する予定だがまだできあがっていない」などと理屈をつける。与党は自分たちの予定表に基づいて審議入りを求め、説得を続ける。よほどの理由がない限り野党も審議をしないという選択肢はとりにくいので時間の経過とともにお互いが折れて、ようやく審議入りとなる。
野党が強硬に反対する場合は、与党は議院運営委員会で強行採決により審議入りを決める。「働き方改革法案」についても野党4党が欠席するなか強行に審議入りを決定した。野党4党は自ら要求をしておきながら趣旨説明の本会議にも出てこなかった。今回野党は厚生労働省の裁量労働制に関するデータの不備(野党曰く「データ捏造)を理由に抵抗していた。法案に反対であるから出てこないわけだが、土俵に上る前から与野党の駆け引きが始まっている。

②「から回し」(52日)
おそらく、他の国では見られない。野党が審議拒否のため委員会に出てこないので、野党の質疑時間を「から回し」している。委員会に出席している他の委員や大臣らは黙って時間を過ぎるのを待っているだけ。かつては、野党が欠席すると委員会は休憩か散会し、審議が中断していたが、近年では野党不在に構わず、時間だけを消費する方式が多用される。

③「定例日」
厚生労働委員会は、週に水、金の定例日しか行わない(ただし、参考人質疑は定例日外のことが多い)。各委員会は、週に2~3日の定例日を決めており、定例日以外は審査を行わないこととなっている。審査が渋滞する一因とされているが、衆参の委員会の大臣の日程を予め調整する手段ともなっている。定例日を柔軟に運用できるように改革をすべきとの声は昔からあるが、慣例に従った方が与野党の対立や無用な調整の必要がないので、安易な方に流れている。そもそも、委員会を開く、開かない、大臣が出席しなければ委員会は開けない、というのは日程闘争的発想を超えられない証拠である。たとえば、米国では大統領はもちろん閣僚も議会にほぼ出てこないのに審議は行われており、議会の在り方の根本的発想が違う。

④「野党提出法案」(58日~)
国民や立憲は対案を出して、議題にはされているが、質問は全体の3%程度、それも提出会派自らの提灯持ち質問が大半を占める。まな板には載ってもほとんど料理はされない。この場合、野党案は採決にも至っていない。ただし、与党としては、野党に審議拒否をされるよりは、対案を出してもらって政府案と野党案を一緒に議題として審議促進の呼び水とすることを望む傾向にある。実際に、野党案提出を契機に、野党は委員会審査に出席するようになった。

⑤「解任決議案」「不信任決議案」(5月23日~5月24日、5月25日)
委員長解任決議案、大臣不信任案が提出されると、それが本会議で否決されるまでは委員会は開けないという慣例がある。これも日程闘争の切り札となる。解任決議案は日程の全会一致原則に反して委員長が職権で委員会をセットしたことを理由とすることが多い。委員会をストップさせる手段として使われるが、一会期に一回しか採決の対象とならない。したがって、日程闘争の切り札ではあるが、それを使うタイミングは慎重に検討され、「ここぞ」というときに使われる。しかし、「否決」という結果は見えており、単なる時間稼ぎでしかない。

⑥「一事不再議」
5月25日に法案は委員会で強行採決されている。野党から見れば委員長の強引な運営であるが、この場合はたとえ出されたとしても委員長解任決議案は議題とならない。前日に否決されているからである。一事不再議の原則と言われる。同じ内容のことを何回も繰り返していては著しく効率性に欠ける。再度解任決議案を提出しても意味をなさない。無視される。概して言えば、与党にとって好都合な先例である。

⑦「修正」(523日)、附帯決議
法案は修正されているが、与党と審議に協力的だった維新によるもの。「働き方改革法案」の場合は採決二日前に提出されているが、一般的には法案採決の直前になって提出されることが多い。つまり、修正案については委員会において議論されることは少ない。与野党で修正協議が行われることは多いが、非公式な場所で行われ、修正に至った理由などは公開されない。一部野党(維新)の取り込みを図るために修正を行っている。与党は多数の横暴と言われることを嫌い、単独の強行採決をなるべく避けたいのである。
修正の合意が得られない場合でも、一段格下げした附帯決議が行われることがしばしばある。附帯決議は法律ではなく、その法的効果は不透明で、国会で決議をしたのだから政府はその内容を順守すべきという程度のものである。全会一致を美徳とし、仮に対立したとしても納得、合意の上で対立するということで、日本的な曖昧な形式で与野党の主張を目に見える化したものである。

「善後策」(529日~530日)
強行採決ののち、与野党の関係が著しく不正常になった時などに、すぐに本会議の審議には持ち込まず、委員会で追加質疑や補充質疑を行って正常化するための方策としてしばしば用いられる。「採決無効」を訴える野党と、再度の採決を絶対に認めない与党(採決やり直しは採決無効を認めるものであるから)との間の妥協策である。審議に戻るきっかけが欲しい野党と単独審議への批判を避けたい与党との苦肉の策でもある。振り上げた拳の降ろしどころを探った結果ではあるが、これだけでは事態の本質は何ら変わっていない。全会一致の美徳と多数決の原理との矛盾を飲み込むための日本的解決策としかいえない。
「働き方改革法案」も委員会採決後すぐに本会議にかけることはなく、追加の質疑を行った後、強行採決から6日後の本会議に上程している。与野党双方が納得するためにかけられた時間である。「多数の横暴」と「過剰な抵抗」との批判を避けるための妥協策を熟成させる時間である。これら一連の流れの裏では全て国対が動いており、善後策、本会議日程延期は与野党の国対委員長の合意で決められた。
この善後策をめぐって国対委員長間でも話がつかなければ、議長の出番となることもある。「議長調停(裁定、あっせんなど)」と言われる。それは法的に定められた議長の権限ではなく、言葉だけのこともあるし文書で示されることもある。与野党の対立が激化し、交渉も座礁してしまうと、公式、非公式に「なんとか事態を処理していただきたい」と申し出がある。これを受けて議長の権威のもとに議長が与野党ともに受け入れられるような提案をする。これまで、調停が受け入れられないこともあったし、受け入れられることもあったが、与野党の攻防の最終段階での大きな事態打開策である。1987年の売上税法案の時は原議長は「法案を廃案とする」こととし、与野党ともに受け入れた。

⑨「働き方改革法案」は建設的な審議であったのか
衆議院での審議が長引いたこともあり、法案が参議院で可決され、成立したのは6月29日である。6月20日の当初会期内には間に合わなかったこととなる。参議院では、6月5日から28日までに12回の委員会が開かれた。この間、厚生労働大臣問責決議案が否決され、28日には厚生労働委員長解任決議案は提出されたが本会議の議題とはならなかった。参議院で野党第一党の国民民主は「実効性がなく意味が分からない」として提出には加わっていない。会期が7月22日まで延長されており、日程闘争としても役に立たないということである。野党が対案を出したり、日程を遅らせても、結局は成立までの時間を要するだけとなっている。建設的な議論になっていたのか疑問が残る。
「働き方改革法案」の場合、衆議院の委員会は9回開いているが、提出から衆議院通過まで無意味な期間を含めて、55日を要している。この間、野党の法案が提出され野党が審議に復帰してから、手元の集計で延べ45人が660問ほど質問をしている(参考人質疑を除く)。これに対し、野党案への質疑は21問しかない。自民、共産、維新は質問をしていない。政府与党が内閣提出法案を是が非でも成立させようとするとき、野党案は相手にされないということである。
野党が様々な抵抗策を講じて日程を遅らせ、会期終了に持ち込もうとしても、与党には会期延長という手段がある。働き方改革法案に限らず、近年では廃案に持ち込むことはできない。国家公務員法改正案(2020年、第201回国会)、入管法改正案、放送法改正案(いずれも2021年、第204回国会)は与党が成立をあきらめ、廃案もしくは継続審議となったが、これは日程闘争や会期切れといった要因ではない。与党が政権の命運をかけるような重要法案ではなく、次期検事総長候補者のスキャンダル、スリランカ人女性の死亡事件、総理の息子が絡んだ総務省の不祥事等があり成立をあきらめた方が批判をかわすことができて得策との判断があったからである。

(続く)

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