国会の攻防(26)
平成18年から平成24年(2006年から2012年) ― 政権交代と衆参ねじれの時代、対立と協調⑤麻生政権、鳩山政権(政権交代、協調から再び対立へ)
岸井和
2021.04.21
4麻生太郎内閣(自民・公明政権)
福田総理は衆参のねじれに政権運営の行き詰まりを悟り、2008年9月1日に退陣を表明した。支持率も下がり、解散総選挙の選択肢は事実上なくなっていた。9月24日に衆議院において後継総理として麻生太郎が選出された。参議院の指名は小沢一郎であったが、衆議院の議決どおりの指名となる。これと同じ時期にリーマンショックが発生し経済は百年に一度の危機ともいわれる状況に陥り、早急に対応が必要な国難に直面したことで麻生政権も解散権の行使を縛られたまま、衆議院議員の任期満了の時期が近づいていった。任期満了は2009年9月で1年もなかった。
国会の混迷状況は福田政権の時と本質的な変化はなかったが、その対処は落ち着いたものとなった。その理由の一つは、民主党は解散総選挙に力づくで政権を追い込む必要はなく、時間の経過を待てばよかったことにある。また、経済危機の渦中、前年の歳入法案の審査のような大きな混乱を生じさせることは与野党ともに批判を浴びかねなかったも大きい。それに伴って、手続きも整然と進み、参議院がいつまでも法案採決をしないということにはならなかった。さらには、個別法案の修正が行われることはあったとはいえ、選挙を控えているため大連立のような大掛かりな話にはならなかったし、重要法案では妥協の姿勢はみられなかった。無用な対立は避けられる一方、成果なき協調への動きもなかった。未明国会や徹夜国会もなかった。
麻生が総理となった国会でも、新テロ対策特措法改正案1)テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法の一部を改正する法律案(自衛隊派遣の期限の1年延長)は参議院で否決されたが衆議院で再可決され成立した。金融機能強化法等改正案2)金融機能の強化のための特別措置に関する法律及び金融機関等の組織再編成の促進に関する特別措置法の一部を改正する法律案。参議院財政金融委員会では修正案を採決した結果可否同数となったため、峰崎直樹委員長(民主)は国会法第50条の規定に基づき可と決定した。(リーマンショックへの対応)は参議院では民主主導で修正されたが衆議院では回付案に不同意としたうえ、衆議院送付案を再議決した。いずれも両院協議会は開いていない。
会期最後の本会議において衆議院では「衆議院解散要求に関する決議案」が否決され、参議院では衆議院での度重なる再議決・みなし否決を批判した「参議院の審議権尊重に関する決議案」が可決された(与党は欠席)。与野党はそれぞれの思惑を持ち、それぞれに行動し、すれ違ったままであった。
翌2009年の歳入法案も前年のような大きな混乱はなかった。道路特定財源が一般財源化されたものの暫定税率は維持されたままでも、民主党は年度末近くの3月27日に参議院で否決という選択肢をとり、衆議院の再議決によって、年度初めの税法などの失効を懸念する事態とはならなかった。国民年金法等改正案、海賊対処法案3)海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案など、与野党が対立する法案は衆議院で可決4)ただし、国民年金法改正案は衆議院で施行日が修正されている。、参議院で否決、両院協議会も開かずに、衆議院で再議決の結果成立している。緊急経済対策の一環として国民1人当たり1万2千円の定額給付金を支給するための財源措置である財政投融資特別会計繰入特例法案5)平成二十年度における財政運営のための財政投融資特別会計からの繰入れの特例に関する法律案。再議決の衆議院本会議では小泉純一郎元総理大臣が造反して欠席するなど、自民党内においても混乱が見られた。2009年3月5日 読売新聞に至っては、衆議院本会議において前年の道路整備費財源等特例法案に続いて「両院協議会を求めるの動議」が提出されたが与党の多数により否決され、こちらも両院協議会が開かれぬまま衆議院で再議決された。
第171回国会の会期末が近づいていた7月14日、衆議院では麻生内閣不信任決議案が否決され、参議院では麻生内閣総理大臣問責決議案が可決された。与野党がそれぞれの道を進み、平行線のままであった。衆議院では内閣は信任されたが、参議院での法案審議は進まないこととなり、任期満了も間もなくで内閣は追い詰められた。国会空転を経て21日には衆議院経済産業委員会において野党が欠席したまま小規模企業共済法改正案の趣旨説明、質疑と採決が1時間余りで一気に行われた。しかし、これは本会議を開くための口実を提供するためのものでしかなかった。同法案の審議をするために開かれた本会議の冒頭、解散詔書が伝達された。
5鳩山由紀夫内閣(民主・社民・国民新政権)
2009年8月30日の総選挙により、与野党は逆転し、9月16日の特別会召集日には鳩山由紀夫民主党政権が誕生した。衆参ともに民主・社民・国民新の連立与党が多数党であり、ねじれの状態ではなくなった。
新政権は選挙公約(マニフェスト)の実現に向けて勢いよく走りだした。しかし、すぐに躓きをみせる。多くの選挙公約の実現が困難になったこと、沖縄普天間基地移設問題で総理の根拠のない県外移設発言や閣僚の考えとのズレ、総理自身や小沢幹事長の政治資金問題などが政権への信頼性を損ね、内閣支持率は急降下した。
与野党の対決姿勢と委員長解任決議案
公約実現に向けて、国会においては野党との対決路線をとる。衆参ともに多数を握るなかで、第一次安倍政権と同様に強硬な国会運営を採り続けた。2010年の常会(第174回国会)において、特に衆議院において議長不信任決議案のみならず6件もの委員長解任決議案が提出されたのは、その強硬姿勢への反発である。法案そのものへの反対、抵抗のために解任決議案が提出されたものではなく、各委員会の強引な運営に対して野党が憤りをもって提出したものであった。法案に抵抗するための大臣不信任決議案は1件しか提出されていない。
政権をとった勢いや高揚感があっただけではなく、速やかに政権交代の成果を国民に示す必要があった。そのため、委員会を与野党の合意なく委員長職権で開会したり、強行採決を行うことも多かった。強行採決をし、その混乱を収拾させる前に、次の委員会を委員長職権でセットしたりもした。会期の終盤になるにつれ、与党の焦りは顕著となり頻繁に強行採決を行い、野党は解任決議案を提出して応酬した。結果としては、与党が衆参で多数を持っていたにも関わらず、法案は成立せず、第174回国会の閣法成立率は55パーセントと著しく低かった6)会期終盤に総理交代ということが影響したにせよ、同じく常会途中で総理が交代した小渕・森内閣(第147回国会、2000年4月5日)、森・小泉内閣(第151回国会、2001年4月26日)では閣法成立率は90パーセントを超えていたことを考えると、この数字がいかに低いかがよくわかる。
この会期において、本会議で趣旨説明を聴取したことは19回、閣法としては26法案であるが、成立した閣法は11法案に過ぎない7)提出された議案のうち、与野党の協議で必要と認められた重要な議案のみ本会議での趣旨説明質疑が行われる。その中でも特に重要な議案は「重要広範議案」と呼ばれ、総理大臣も出席して趣旨説明質疑が行われる。
国会法第56条の2「各議院に発議又は提出された議案につき、議院運営委員会が特にその必要を認めた場合は、議院の会議において、その議案の趣旨の説明を聴取することができる」。つまり、その会期において重要な閣法の半分も成立していない。さらにはこのうち重要広範議案は6法案中3法案(予算関連法案)のみの成立である8)①平成二十二年度における財政運営のための公債の発行の特例等に関する法律案(内閣提出)、②所得税法等の一部を改正する法律案(内閣提出)、③租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律案(内閣提出) → 成立
④労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律案(内閣提出) → 撤回して出し直したものの衆議院で閉会中審査(第180回国会まで継続し大幅な修正の上成立)
⑤地球温暖化対策基本法案(内閣提出) → 衆議院で可決したものの、参議院で審査未了廃案
⑥政府の政策決定過程における政治主導の確立のための内閣法等の一部を改正する法律案(内閣提出) → 衆議院で閉会中審査(第177回国会まで継続し、撤回) 。会期前半に審議された歳入関連法案、選挙公約であった高校授業料無償化法案、子ども手当法案、雇用保険法改正案などは成立したが、4月中旬以降に審議入りした重要法案はほぼ全滅であった。強行な運営をしても法案は成立しなかった。
与党の経験のない民主党には法案審議のスケジュール感がなかった。それは強行採決をして一院を通過しても、他院で審議が終わらなかった法案が9法案もあることに表れている。国家公務員法改正案、地球温暖化対策基本法案、放送法改正案、郵政改革法案9)連立与党を組む国民新党との約束を果たすために衆議院では委員会で趣旨説明を聴いた日に6時間程度の質疑で強行採決を行った。 「議院内閣制と議会の役割」大石眞 公共政策研究 2010などの重要法案が衆議院で強行採決したにもかかわらず、参議院での採決に至っていない(すべて参議院で審査未了廃案10)閉会中に参議院議員通常選挙があったため、参議院で審査が終了しなかった法案は全て審査未了廃案となった。
平成25年版参議院先例録柱137「通常選挙が行われる閉会中においては、議案の継続審査は行わないのを例とする」)。
この直接の原因は、会期末近くになってからの社民が連立政権を離脱したことによって参議院での多数が不安定となったこと、さらには鳩山総理の退陣表明(6月2日)であることは明らかであるが、それ以前の話として、与党が残り会期との見合い、両院の審議状況を見渡して、成立させる法案と諦める法案とを選別できなかったことにある。多くの強行採決は無駄になった。
この背景には、民主党の公約の一つ、政治主導もあった。民主党は政権運営に力を入れ、ベテラン議員を政府三役に配置した。そのため、委員会運営の中心となる理事は経験の浅い議員が多くならざるをえなかった。他方で、野党自民党は政府の役職を失ったので、ベテランの論客議員を委員会理事に回すこととなった。与党理事は口先でかなわず、理事協議は完全に野党ペースとなり、委員会審査は官邸や民主国対の思惑とは異なり、遅々として進まなかった。しびれを切らした国対は委員会サイドに強行開会や採決を命令するが、その後の混乱の収拾や参議院審議の算段はできていなかった。また、与党執行部と現場委員会の委員長・理事との間にはわだかまりも生じた。
さらに、民主党の強硬方針は、同一会期中に二回の横路孝弘衆議院議長不信任決議案の提出につながった。いずれも政府・与党の横暴な国会運営を受け入れ。議長として公正性・中立性に欠けるということが理由である。つまり、法案審議に抵抗するための手段としてではなく国会運営そのものに対する批判として提出している。安倍内閣の時の河野議長不信任決議案と同じような理由である。ただ、よほど腹に据えかねたのか二回(2月25日と6月1日)も提出している。ただ、二回目の不信任決議案は一事不再議の原則により本会議の議題とはされていない11)二回目の不信任決議案については、2010.6.1の議院運営委員会での採決の結果、本会議には上程しないこととなった。。
脚注
本文へ1 | テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法の一部を改正する法律案 |
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本文へ2 | 金融機能の強化のための特別措置に関する法律及び金融機関等の組織再編成の促進に関する特別措置法の一部を改正する法律案。参議院財政金融委員会では修正案を採決した結果可否同数となったため、峰崎直樹委員長(民主)は国会法第50条の規定に基づき可と決定した。 |
本文へ3 | 海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案 |
本文へ4 | ただし、国民年金法改正案は衆議院で施行日が修正されている。 |
本文へ5 | 平成二十年度における財政運営のための財政投融資特別会計からの繰入れの特例に関する法律案。再議決の衆議院本会議では小泉純一郎元総理大臣が造反して欠席するなど、自民党内においても混乱が見られた。2009年3月5日 読売新聞 |
本文へ6 | 会期終盤に総理交代ということが影響したにせよ、同じく常会途中で総理が交代した小渕・森内閣(第147回国会、2000年4月5日)、森・小泉内閣(第151回国会、2001年4月26日)では閣法成立率は90パーセントを超えていたことを考えると、この数字がいかに低いかがよくわかる |
本文へ7 | 提出された議案のうち、与野党の協議で必要と認められた重要な議案のみ本会議での趣旨説明質疑が行われる。その中でも特に重要な議案は「重要広範議案」と呼ばれ、総理大臣も出席して趣旨説明質疑が行われる。 国会法第56条の2「各議院に発議又は提出された議案につき、議院運営委員会が特にその必要を認めた場合は、議院の会議において、その議案の趣旨の説明を聴取することができる」 |
本文へ8 | ①平成二十二年度における財政運営のための公債の発行の特例等に関する法律案(内閣提出)、②所得税法等の一部を改正する法律案(内閣提出)、③租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律案(内閣提出) → 成立 ④労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律案(内閣提出) → 撤回して出し直したものの衆議院で閉会中審査(第180回国会まで継続し大幅な修正の上成立) ⑤地球温暖化対策基本法案(内閣提出) → 衆議院で可決したものの、参議院で審査未了廃案 ⑥政府の政策決定過程における政治主導の確立のための内閣法等の一部を改正する法律案(内閣提出) → 衆議院で閉会中審査(第177回国会まで継続し、撤回) |
本文へ9 | 連立与党を組む国民新党との約束を果たすために衆議院では委員会で趣旨説明を聴いた日に6時間程度の質疑で強行採決を行った。 「議院内閣制と議会の役割」大石眞 公共政策研究 2010 |
本文へ10 | 閉会中に参議院議員通常選挙があったため、参議院で審査が終了しなかった法案は全て審査未了廃案となった。 平成25年版参議院先例録柱137「通常選挙が行われる閉会中においては、議案の継続審査は行わないのを例とする」 |
本文へ11 | 二回目の不信任決議案については、2010.6.1の議院運営委員会での採決の結果、本会議には上程しないこととなった。 |
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