衆議院議長とは?―国権の最高機関の長とは何なのか?(12)

衆議院議長とは?―国権の最高機関の長とは何なのか?(12)

岸井和
2022.04.04

3議長は何をしているのか
 (2)議長の職務権限
  ⑤議事整理権
   ⅰ議事日程の調整
   ⅱ本会議の開会ベル
   ⅲ可否同数の場合の決裁権
 (3)議長の辞任とあっせん、調停と辞任
  ①議長のあっせん、調停

3議長は何をしているのか

(2)議長の職務権限

⑤議事整理権

議事整理権は議事の主催者としての権限である。議院警察権、秩序保持権とも関連している。議事日程の調整、開会・散会・延会・休憩の宣告、発言の許可、質疑、討論その他の発言時間の制限、会議録の整理・保存などがあるが、これらの権限についても議院運営委員会での決定に基づいて議長によって行使されるのが基本である。

 

ⅰ議事日程の調整

「各議院の議長は、議事日程を定め、予めこれを議院に報告する(国会法55条1項)」とされている1)国会法55条の2では、議長は議事協議会を開いて議事の順序その他必要と認める事項について協議できるとしているが、1958年を最後に議事協議会は開かれていない。。本会議の開会日時、議題とする案件を定め、公報に掲載して各議員に周知している。これは議事日程を調整する議長の権限、議事整理権を定めたものではあるが、実際には議院運営委員会で協議されたうえで、議長はその通り決裁するのが通常である。与野党の協議がまとまらないときには、委員長の裁断で本会議開会、議事内容を決定することもある。委員長職権セットと言われ、こうしたケースは一国会に何回かはある。しかし、与野党の対立が異常な高まりを見せ、委員長レベルでは決断できず、議長本人が決断を迫られる時が稀にある。議院運営委員会が決裂し、国対間での協議も破綻し、野党の了解が全く得られないまま本会議に突入する場合である。このようなケースは近年ではほとんど見受けられなくなってきているが、与党の意思を通すための最終的な手段であり、与党が議長職を必要とする大きな理由の一つでもある。

前述の1960年の日米新安保条約批准承認の件では、議院運営委員会では協議がまとまらないという事態を越えて全く協議不能の状態で議事内容は手続き的には決められなかった。5月19日午後11時49分、清瀬議長は本会議開会を強行し、50日間の会期延長の件を諮り可決し、延会を宣告した。議長が独断で(与党の考えに従って)、会議を開会すること、会期延長を諮ること、延会することを決めたことになる。さらに、翌日午前零時6分に本会議を開き、新安保条約などを議決した。これも条約を審議することは院議でも議院運営委員会においても決まっていない。議長の議事日程の調整権に基づく荒業であった。

1965年の日韓条約の際にも、議長の議事日程調整権を使って抜き打ち採決が行われた。11月9日からの本会議では、野党が大臣不信任決議案などを連発し、日韓条約などの審議入りの目途は全く立たなかった。11日の午後11時15分に法務大臣不信任決議案の審議途中で本会議が延会され、翌12日の午前零時18分に再開されると、船田中議長は不信任決議案を後回しにすることを諮ると直ちに日韓案件を議題宣告して1分の間に可決してしまった。このとき、議院運営委員会は開会できておらず、議長の議事整理権に基づき(自民の要請に基づき)議長の判断により議事を進めたことになる。この権限行使が好ましいとは言えないが、究極的な権限が議長に留保されていることの証明でもある。ただ、あまりに乱暴で与党寄りの運営に野党の反発も強く、のちに詳述するとおりこの後船田議長は詰め腹を切らされることになる。(国会の攻防(16)も参照)

 

ⅱ本会議の開会ベル

本会議の開会については実は政治的に議長の大きな権限となることがある。与野党の攻防の最終段階において大きく二つの山がある。一つは前述のとおり本会議開会の公報を出すこと、すなわち本会議のセットである。本会議のセットは前日までに決定することが必要であり、与野党が対立している中での議院運営委員長の職権によるセットは臨戦態勢に入ることを明示的に示したことになる。もう一つは実際に本会議を開会すること、いわゆる本会議のベルを押すことである。

議院運営委員長の職権による本会議立ては珍しいことではないが、議長が本会議を実際に開くか否かはさらに別次元の話となる。臨戦態勢から実際の戦闘に移るかどうか、ベルを押すか否かは議院運営委員長の手に負えることではなくなり議長本人の判断によることが少なくない。本会議開会の最終決定権者は議長であり、委員長と必ずしも考えは同じとは限らないのである。普段は静かな議長室に大勢の野党議員や与党議員が入れ替わりやってくる。議長は与野党の対立状況、真の対立なのか見せかけの対立なのか、妥協点は存在するのか、言い分として与党に利があるのか野党に利があるのか、話し合いを行う時間的猶予があるのかどうか、世論の動向はどうなのかなど、総合的に判断しなければならない。とは言いながら、議長が与党の意向を受け入れて本会議の開会ベルを押した例が多い。政権と示し合わせて奇襲戦略をとったこともある。ただ、それは立法の長として苦渋の決断であったであろう。

しかし、議長が与党に譲歩を促す場合、与野党の折衝の継続を求める場合など、議長は「現状では本会議のベルは押せない」と判断をすることもある。本会議のベルは単純な権限だが絶対的権限でもある。本会議を開会しないでさらに与党に譲歩を促したり、与野党の話し合いを続けるように指示したり、あるいは議長自ら調停案を示したりする。重要局面における重要な判断であり、議長の判断に理があるのか、個人的資質や力量が備わっているか、政権の意向を斟酌するのかしないのか(政府の意向は与党国対委員長や幹事長などを通じて伝えられていることが多い)、与党内に議長を支持する勢力があるかどうかにかかっている。この意味で議長は権威ある存在として中立的であることが強く求められ、また、与野党の政局争いを越えて大所高所から議会の健全性を守る最後の砦ともなる。

 

ⅲ可否同数の場合の決裁権

憲法56条2項にあるとおり、本会議での採決の際、可否同数となると議長が決裁権を行使することとなる。衆議院で可否同数になったことはない。議長は決裁権以外に賛否の票を投じないのが慣例である。参議院での議長の決裁権行使は過去に2例ある(衆議院議長とは?(1)参照)。

 

(3)議長のあっせん、調停と辞任

①議長のあっせん、調停

議長の最大の職責は対立する与野党間の「あっせん」を行うことである。これは、「見解」「調停」「あっせん」「裁定」「裁断」「仲介」などと様々な呼称がつけられているが、たとえば議長が「議長裁定」といった文書を提示するような場合を除き、決まった名称があるわけではないし、それぞれが明確に区別されているわけでもない。用語の含意するところはあるが、人によって、マスコミ報道によって同じ行為でも違う名称が使われたりする。

議長の「あっせん」は、法的な根拠があるものではなく、議長の権威性と中立・公平性から生じるものである。与野党の対立により国会が混乱した状態、身動きがとれない状態のとき、議長が自ら進んで、あるいは与党ないしは野党からの要請により「あっせん」に動き出す。「あっせん」は与野党の小競り合いのような場合から世論を巻き込んだ大々的問題まで、さまざまな場で行われている。報道されないような、場合によっては新聞記者も知らない間に行われるものから、世論を巻き込むような大々的な問題で重要施策の成否に関わることもある。

上策は与野党の対立を深刻化させることなく、できれば表面化させることもなく収拾してしまうことである。これは議長が官邸や与党執行部に対し、強い存在でなければならない。国会運営に関し、与党の方針がおかしいと思えば、議長は与党に内々に譲歩を迫る。議長としては与党を公的に非難することは野党を利することにもなりかねず本意ではないからだ。保利議長の解散権に関する見解2)衆議院議長とは?(7)参照は生前には公にされていない。綿貫議長の田中外相問題への関与3)衆議院議長とは?(9)参照も当時の報道には出てこない。

あるいは、中程度の事案としては、与党が委員会で強行採決を行い、野党が採決無効を議長に訴え出ることはしばしばある。少数者(野党)が多数(与党)の横暴の非について権威を持つ中立な裁判官(議長)に訴え、何らかの判決(打開策=あっせん)を求める。議会は多数決の原理を基本とする一方、少数者の権利も守るという相反する要請があり、また、手続き的に採決が適法になされたどうかの判断も必要となる。議長は両者の言い分を聞いたうえで判断を下す。「採決は法的に有効になされたが、与党の強硬策には行き過ぎの点もあった。したがって、補充質疑を行った上で、確認のための採決を行い、その上で本会議に上程する」といったものだ。多数を背景とする採決を無効とすることは現実的に困難であるが、少数者の言い分にも一理あるので採決を確認する(やり直すのではない)ということである。与党としては時間的な遅れはあるが実利をとり、野党は留飲を下げる。議会を正常に戻すための儀式である。

しかしながら、与野党がより本気に対立している場合は、このような「あっせん」では収まらない。周囲の状況から議長も当然にその「熱度」は十分に感じ取っており、議長「あっせん」が容易ではない。「あっせん」が失敗することは間々あるが、議長自らの首もかかってくるようなこともある。

これまでの歴史では、真に危機的な場面では、「あっせん」が失敗し与野党の溝を埋めることができなければ議長は最終的に多数派(与党)に与する判断をすることが多かった。益谷議長のように与党を決定的に譲歩させる4)衆議院議長とは?(5)参照ことは稀であった。その結果責任として辞任を余儀なくされることもある。与党の方針を貫くための生贄でもあった。

脚注

脚注
本文へ1 国会法55条の2では、議長は議事協議会を開いて議事の順序その他必要と認める事項について協議できるとしているが、1958年を最後に議事協議会は開かれていない。
本文へ2 衆議院議長とは?(7)参照
本文へ3 衆議院議長とは?(9)参照
本文へ4 衆議院議長とは?(5)参照

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