細田衆議院議長の迷走―一票の格差是正をめぐって

細田衆議院議長の迷走―一票の格差是正をめぐって

岸井和
2022.04.19

 

細田議長が定数再配分問題で迷走している。

 

選挙制度に触ることの難しさ

一票の格差是正は最高裁の判決に基づく。衆議院各選挙区間の一議席当たりの有権者数の比率が2倍を超えると違憲ないしは違憲状態と(推測)される。国会は格差を是正のために、民主党政権時代に衆議院に各党参加の協議会を立ち上げ検討を始めた。しかし、ここでは格差問題とともに定数削減についても協議されたため各党の利害関係が複雑化し、28回の協議を経ても意見集約はできなかった。座長は途中から結論を出すことをあきらめていたようにさえ見受けられる。

自公政権に戻ったのちの2014年には、各党協議ではなく第三者機関である衆議院選挙制度調査会が設置された。安倍総理は自民が中心となって議論を引き継いでも困難しかないことを察知していた。すべての政党の利害に直結するため、他の政策のように政府が主導して対応することもできない。安倍は責任与党の「総裁」として当時の伊吹議長に問題の処理を依頼した。伊吹議長は議院運営委員会の了解(つまり各党の了解)を取り付けて調査会を立ち上げる。衆議院解散、総選挙も挟み、調査会は17回の協議を経た2016年に大島議長に答申を提出した。

この答申の柱は、「衆議院議員定数を10削減すること」と、「格差是正のために10年ごとの大規模国勢調査の人口に応じてアダムス方式という比例配分方式で各都道府県に議席を配分すること」であった(議席はまず都道府県に割り当てられ、その議席数に応じて都道府県内の選挙区を区割りする)。このアダムス方式による配分によって格差を2倍以内に収めることができ(配分方式によっては格差は2倍を超えてしまう)、また、10年ごとの自動再配分制度を決める点で画期的であった。この答申に基づき、同年の第190回国会に議員提出の公職選挙法改正案が成立し、懸案だった衆議院の定数削減と一票の格差是正が実現した。

 

アダムス方式の実施

法律はできあがり、定数削減は2017年の衆議院総選挙で先行実施されたものの格差是正についてはまだ現実のものとはなっていない。格差是正は大規模国勢調査の結果に基づいて行われることとなっており、調査は2020年である。その結果は昨年出たばかりであり、まだ細かな選挙区割りの線引き作業が終わっていない(来年に区割りが決まる予定)。つまり、アダムス方式による議席配分はまだ行われていない(2015年の簡易国勢調査に基づいて2017年総選挙時には暫定的な応急手当は行われたが)。ただ、各都道府県の人口数は確定値が出ているので、各都道府県への議席配分の変更はわかっている。その結果が「1010減」である。

「1010減」は数学的にはじき出された数字であり、政策的判断を行う余地はない。これによれば、定数が増加するのは東京(5増)、神奈川(2増)、埼玉、千葉、愛知(各1増)となり、減少するのは宮城、福島、新潟、滋賀、岡山、和歌山、広島、山口、愛媛、長崎の10県で各1減となる。都会で議席が増加し、地方で議席が減少することになる。人口移動の結果であり、調査会の答申が出た時点で十分予測できたことである。

 

地方議席の減少、比例配分は是か非か

しかし、細田議長はこれにかみついた。アダムス方式による配分に反対の意思を明確にした。「頭で計算した数式で地方を減らして都会を増やすだけが能じゃない」「地方いじめ」「黙っておれという人がいるかもしれないが、そうはいかない」などと強く批判の姿勢をしめした。自民国対委員長には独自の「3増3減案(東京3増、新潟、愛媛、長崎各1減)」を検討するように要請したという(2021.12.1毎日)。選挙博士といわれる細田議長の黙っていられない気持ちは理解できなくはない。自民内からは議長の考えに一定の賛同者は得られたが全体的な広がりには欠け、与党内からも野党からもマスコミからも議長の発言に反発が広がった。

細田議長の考えは、「地方にもっと手当てすべき」であり、そのために「比例配分しなくても格差是正は可能であるということ」だ。確かに、格差是正と比例配分は直接の関係はない。格差2倍以内は比例配分にこだわらなくても可能である。地方の人口減に伴い議席が減れば地方の声が国政に届きにくくなる。都会の議員ばかりが増えて都会の利益が重く見られる。各地方の代表としての議員、それぞれ独自性を持つ小さな地方の意見の反映・尊重も重要である。地方はますます衰退してしまうという危機感がある。

また、「1010減」をおこなえば(各都県内の)選挙区の変更はかなりの数にのぼり、区割り作業の困難さにはともかくとしても多くの有権者が突然違う選挙区に組み込まれ、今まで知った候補者とは別の選択をせざるをえなくなる。支援していた議員がいなくなってしまう。地元の代表が替わってしまう。選挙民と議員との間にはある程度の継続した関係が保証されるべきではあろう。

比例配分しなくても、最高裁のいうところの一票の価値の平等という要請は達成することができるのだから、もっと議員の地域代表としての性格に配慮した仕組みを確保するべきではないのか。これは間違った見識ではない。

しかしながら、「3増3減案」はこれまでの長年の格差是正と同じく、その場しのぎの対応でしかない。最低限の選挙区を調整し、違憲の判決を回避することを目指しているだけである。細田議長は「1票の格差が2倍を切ればいいので小選挙区を東京で2つか3つ増やせばよく、ほかの地方はとばっちりだ」と指摘したとされるが(4.9 NHK政治マガジン)、この発想はこれまでの国会の旧態依然の、混乱の原因ともなるパッチワーク式対応ともいえる。

たとえば、2016年の改正までは、人口の多い神奈川の方が人口の少ない大阪よりも議席が少なかった(18議席と19議席)。これは算術上の問題としては一票の格差問題には抵触していなかった。細田流発想でもあるのだが、これが果たして公平な選挙区割りなのであろうか。素朴な疑問を抱かざるを得ない(現状は両県の定数は同数。10増10減が実現すれば、人口比どおり神奈川の議席の方が多くなる)。

さらに、パッチワーク方式では、またすぐに違憲状態の選挙区が現れ、その是正には長たらしい国会での議論が繰り広げられる。違憲(状態)判決→混乱した議論→格差是正(→人口移動)→違憲(状態)判決→…の際限のない繰り返しとなる。各党の消長にかかわる選挙制度は議論が対立し時間ばかりが費やされる。与党に有利な制度改正と受け取られるので強行採決も簡単には行えない。疲れ果てるまで合意を目指した議論は続く。

他方で、アダムス方式による新制度のもとでは、10年の周期で自動的に、各党の駆け引きなしに格差是正が図られることになる。長引く議論は省略され速やかに是正される。英国では議会外の選挙区割り委員会の勧告通り区割りが決定される慣例になっている。中立的な制度変更は難しいが、中立的機関が勧告することはできるということだ。

 

迷走する議長

こうした選挙制度への根本的対処方法へのスタンスだけの問題ではなく、細田議長のあり方には別の問題がある。

まず、国会で決めた法律を一回も(本格的な)実施をしないうちに変更を主張することは国会の権威にかかわる。伊吹元議長は、「議会が決めたことを公然と批判してしまったら、国会の権威は丸潰れだ」(4.14産経)と苦言を呈した。すべての党がもろ手を挙げて賛成という法律ではなかったが、異を飲み込みつつ成立させた法案である。それでも決まった法律を覆すべきと固執するなら法的安定性は保てない。

ましてや、議長である。立法府で決めたルールを立法府の長が否定してしまうのは国会全体の信頼性にかかわる。しかも、アダムス方式の法案は、細田議長が一議員時代に提出して成立したものであり、当時から内心では不満に思っていたのかもしれないが、いざ実施の目前になって「能がない」と批判するのは自らを能無しと言っているに等しい。

次に、議長としてあり方の問題である。

日本の議長は伝統的に、与野党の間に立って公平中立に議事を進めることを求められる。その意思を明確にするために議長は党籍(会派)を離脱する慣行が試行錯誤の歴史の中で確立してきた。細田議長も当然会派離脱をし、国会の中では無所属の議員である。中立な議長は機が熟するまで待たなければならない。英国式の議長をならったものである。しかし、今回の発言は、議長自ら戦端を開くようなもので、行事が相撲を取り始めてしまった。やはり伊吹元議長が「ポジションにいる者は言っちゃいけないことがある」(同 産経)と話したのは正論である。選挙博士としては深い思いがあり言いたいことはあるだろうが、議長としてのポジションとの比較考量は必要である。議長には国会の権威や信頼を維持する重大な役割がある。

さらには、議長が自民国対委員長に「3増3減」を指示したことは論外である。話を持ち出すのであれば、少なくとも、各党一同そろったところで疑念を問いかけるべきである。これでは、減員区に大物議員を抱える自民の党利党略的発想ととられても仕方がない。議長が率先して中立性に疑念を持たれるような行動をとるべきではない。

各党からは立法府で決めたことを議長が覆すような発言をすることに当然のことながら反発が強まった。「議長の発言は看過できない」、「国会運営上の信頼関係が保てない」、「議長は議院運営委員会でみずからの発言の真意を説明すべきだ」、「発言を撤回すべき」との声も出ている。議長から指示を受けた自民国対委員長ですら「決まっている形で進めるべき」とし、総務大臣は「1010減の作業を進める」と述べている。これに対して、細田議長はようやく「持論はあるが気を付ける(4.12 NHK電子版)」と弁明を始めた。これまでの与野党の苦心の結果を鶴の一声で覆そうとするのは暴走でしかない。みなが不満を持ちつつの合意点なのだから。

 

持論と議長

議長は、そのポジションの在り方に自覚をもって国会に向き合うべきであり、発言には慎重であるべきだ。議長は我慢の職責であり、辛抱することは議会の健全性を守るうえで必要な試練である。窮屈な立場なのである。与野党の意見が対立して国会運営が座礁しかかったときに中立な議長の登場となる。持論を一方的に展開するのは議長として国会に対する自らの職分を理解していないともとられ、議会生活が長い議員としては思慮に欠けていたと考えざるを得ない。与野党で衆議院選挙制度の抜本的改革(1010減ではなく)を議論する協議会を設置する方向で調整していたが、細田議長の発言によってその話は進まなくなった。

とはいえ、人口格差一辺倒の定数配分にも疑問はある。日本では衆議院も参議院も人口格差を基準とした選挙区割りが支配している。これでは両院の議員が同質化してしまい二院制の意味もない。地域代表、少数地域の意見の反映の方法をより前面に出すことも必要であろう。しかし、これを正すのには、単に選挙制度だけではなく、衆参のそれぞれの役割分担などより抜本的な論議、憲法のあり方の議論が必要である。

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