国会の攻防(9)

国会の攻防(9)
昭和40年代②―健保特例法案、大学運営臨時措置法案(国鉄運賃改正法案、防衛二法案、健保特例法案)

岸井和
2020.10.17

③健保特例法案1)正式名称は「健康保険法及び船員保険法の臨時特例に関する法律案」(1967年、第56回国会)

健保特例法案は、保険料率の引き上げ、初診時等の一部負担金の引き上げなどを内容とするもので、野党は政府管掌保険の赤字を患者の負担に転嫁するもので国民経済を圧迫するものだとして反対した。しかし、健保特例法案は国民生活には直結する問題だが、それはお金の話で、イデオロギーや理念の対立から生じる問題ではなく、与野党の妥協が可能な法案でもあった。

すでに第55回国会に提出されて衆議院の委員会で質疑打ち切り動議まで出たが、それに伴う混乱で審査未了となっていた。このとき、社会党の成田知巳書記長は他の法案との取引で「臨時国会では健保法案の審議には協力する」と自民党の福田赳夫幹事長と申し合わせていた2)1967年8月6日 朝日新聞。社会党は表向きにはこの国会でも廃案に追い込むとの方針をとりつつも、いずれかの時点での妥協を念頭においていた。

8月2日の委員会では保険料率の引き上げ幅削減などの負担軽減の修正をしたうえで、混乱の中ではあるが採決された。3日から4日にかけて衆議院本会議では川野芳満社会労働委員長解任決議案、坊秀男厚生労働大臣不信任決議案が審議され、野党の引き延ばし戦術が始まっていた。他方で、ダラダラ国会への世間の風当たりも強くなっていた。5日には石井光次郎衆議院議長が自民党、社会党、民社党、公明党の各党に国会の混乱を収拾し正常化をはかるためのあっせん案を提示した。具体的には、「不穏当な採決と認められる場合は法案の委員会への差戻す権限を議長に与える趣旨の国会法改正を行う、少数会派の発言の機会与える、正常な審議中の物理的抵抗をしない、健保法は二年間の時限立法とする、会期延長は考えていない」などである。各党はこれを受諾した。

しかし、社会党が議長あっせん案を党内に持ち帰ると反対論が火を噴き執行部の独走に批判が高まり、秘密代議士会であっせん案拒否が決まった。自社幹部間だけの国会運営の駆け引きに社会党の一般議員が割り切れないものを感じた結果でもある。これを受けて、社会党の佐々木更三委員長と成田書記長は責任を取って辞意を表明した。前国会に行われた自社幹事長書記長間の密約も反故にされ、社会党は健保特例法案に徹底抗戦となった。一度は受け入れたはずの議長あっせんを社会党は即座に足蹴にした。

6日には本会議が再開され、藤枝泉介自治大臣不信任決議案、水田三喜男大蔵大臣不信任決議案、木村俊夫官房長官不信任決議案が7日までに否決されたが、議長あっせん案を受け入れていた民社党、公明党は牛歩をしなかった。他の野党の姿勢からして社会党が引き延ばし戦術の批判を一身に負ってしまい、さらに党内が混乱することを危惧したため、ほかの大臣不信任決議案を時間をかけて順次審議する方針を転換し、佐藤内閣不信任決議案一本にまとめて本会議に上程した(6日に提出した3国務大臣の不信任決議案は内閣不信任決議案を提出した7日に撤回)。社会党も牛歩を止め、7日の深夜には健保特例法案は、民社党提出の「二年間の時限立法」を含め修正議決された。

この衆議院での混乱は、参議院審議にも影響を及ぼすこととなる。会期切れが近づくなか、いったんは延長しないとした会期の問題(社会党はその議長あっせん案を拒否したのだが)、中間報告による委員会審査の打ち切りに野党は警戒感をもっていたからである。特に、参議院の社会労働委員長は社会党議員であり、社会党の質疑が長時間に及び、審査がスムーズに進まなかった。10日には野党も出席して反対したうえで、衆議院本会議で会期延長が議決された。

与党は参議院本会議で健保特例法案の中間報告を求める方針を決定し、中間報告を求める動議を参議院事務局に提出、15日の未明から本会議を開く手続きを進めた。しかし、この時に至って社会党は方針を転換し、16日の委員会における参考人質疑まで本会議での中間報告は行わないことを条件に議長などの国会役員に対する不信任決議案は提出しないこととし、その意を受けた重宗参議院議長のあっせん案を各党が了承した。しかし、社会党は委員会での採決には応じなかった。

かくして、参議院本会議は16日の夕方から始まった。社会党は約束どおり不信任決議案などは提出しなかったが、中間報告を求める動議を議題とすることの動議や中間報告を求める動議などをめぐって、長時間演説や牛歩を繰り返したため、本会議は二泊三日の長丁場となり、健保特例法案の成立は会期最終日の18日の午後1時過ぎとなった。なお、健保特例法案とともに衆議院を通過していた船員保険法改正案については、中間報告の対象とはされず、審査未了廃案となっている。

この健保国会では、自社間の裏取引が活発に行われていることは明らかである。衆議院段階で社会党内での混乱はあったものの、参議院審議段階では自民党は徹底抗戦の社会党に寛容に付き合いつつ、会期末には法案が予定調和的に成立した。他方で、民社党に加えて、公明党も衆議院に議席を持つようになり、多党化時代における国会運営の難しさも生じた。参議院委員会では社会党の質疑が長く、公明党の質疑にまで至らず少数会派の権利が問題となった。しかし、民社党は法案修正に成功し、公明党は国会正常化に関する国会法改正を自民党に約束させ、自社両党の国会運営の枠を超えた一定の存在感を示すことになった。

④大学運営臨時措置法案3)正式名称は「大学の運営に関する臨時措置法案」、国鉄運賃改正法案4)正式名称は「国有鉄道運賃法の一部を改正する法律案」。日本国有鉄道財政再建促進特別措置法案並びに対案の衆法と一括議題で審議された。、防衛二法案5)正式名称は「防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法律案」、健保特例法改正案6)正式名称は「健康保険法及び船員保険法の臨時特例に関する法律等の一部を改正する法律案」 (1969年、第61回国会)

対決法案が複数存在すると、その相乗効果から国会運営はより複雑化し混乱するが、第61回国会は、最大の対決法案の大学運営臨時措置法案以外にも、③で取り上げた2年間の時限立法を終える健保特例法の改正案、防衛二法案、国鉄運賃改正法案など、理念的対立、金銭的対立をもたらす重要対決法案が重なった。施政方針演説に対する衆議院代表質問の順番で自公民と社会党が対立し議院運営委員会で強行採決で決定したため、代表質問入りは1月30日の午前零時20分と最初から不穏な雰囲気となった。その後も、18回の強行採決7)1969年8月6日 朝日新聞、抜き打ち採決、徹夜国会の連続、衆参合わせて22の不信任決議案等の提出(採決されたのは14)、衆議院正副議長の引責辞任など大きな混迷を招き、異常国会とさえ呼ばれた。

 

国鉄運賃改正法案

国鉄財政再建のための国鉄運賃法改正案(平均15%値上げ)は予算関連法案であった。衆議院運輸委員会の審査は難航し、早期値上げを目指す与党は3月25日の夜に強行採決に踏み切った。採決撤回を主張する野党に対し、石井衆議院議長は27日の本会議の議題とするが、質疑が不十分であったことを補足するため本会議での質疑を十分にできるように取り計らう旨の議長裁定を提示した。しかし、社公はこれを拒否したため、28日の本会議で社公欠席のまま可決した。民社党、共産党は自民党の審議の呼びかけに応じて、質疑を行ったうえで反対した。

参議院の運輸委員会でも4月24日に質疑が打ち切られたが、重宗議長の野党に補充質問をすることを認めるあっせん案を各党が了承し、これを受けて5月8日まで質疑をしたうえで採決され、翌日の本会議で可決成立した。公明党が社会党と自民党のなれあいを批判8)1969年7月31日 朝日新聞するような雰囲気もある中で国鉄運賃法改正案は成立したが、これはまだ序の口であった。この日には、衆議院の委員会で地方公務員の定年制法案が強行採決されている。

 

前例なき長期会期延長

第61回国会の当初会期終了日は5月25日であったが、まだ数多くの法案が審議中であったため、23日には自民党は社公共が欠席する衆議院本会議で72日間の大幅会期延長を決めた。これにより、野党は態度を一層硬化させ徹底抗戦で臨む方針を固める。一方で、佐藤総理は健保特例法改正案、防衛二法案、大学運営臨時措置法案について「絶対に会期中に成立させる9)1969年5月29日 朝日新聞」と5月27日の両院議員総会で決意を表した。

会期延長を行った後の5月28日には、会期末でもないのに衆議院の各委員会で次々と強行採決が行われた。延長に伴う混乱で国会が動かない状態を早期に解消するために強硬策がとられたわけである。逓信委員会では野党も賛成の法案10)沖繩における郵便貯金の奨励及び簡易生命保険思想の普及に必要な施設及び設備の設置及び無償貸付けに関する法律案について強行採決が行われ、その翌日の午後3時前に始まった本会議は「無協約状態」となり、井原岸高逓信委員長解任決議案を否決したのち、約9時間後の深夜零時近くになって法案は記名採決の結果、反対ナシで可決された。その翌日にも始関伊平建設委員長解任決議案11)都市再開発法案の強行採決を理由とする。、北沢直吉外務委員長解任決議案12)太平洋諸島信託統治地域に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件の強行採決を理由とする。が延々と審議され(ともに否決)、31日までかけてようやく法案を可決し条約を承認した。議案そのものは野党が強く反対するようなものではなく、会期延長の強行に対する反発と今後の対決法案に備えての順法闘争であった。意味のない非生産的、非能率的国会であった。さすがに、6月2日には自公間で、3日には自社の国対委員長会談で、「会期延長以来の国会の運営はまことに遺憾である、強行採決は慎む」などの決まり文句のような申し合わせを行い、正常化へと転換した。しかし、これは双方承知の束の間の暫定和平であり、これから対決法案が控えていた。

 

防衛二法案

防衛二法案は、陸上自衛隊6000人の増員を図るものであった。社会党などの反対で衆議院内閣委員会の審査入りは難航したが、当時の防衛関係法案としては異例の正常な形で本会議を通過した。野党が健保特例法改正案と大学運営臨時措置法案に焦点を絞ったためと考えられるが、それらと重なった参議院での審議は混乱した。7月17日には委員会で強行採決を行い、21日からの本会議は、緊急質問を求める動議、八田一朗内閣委員長解任決議案、法案を再付託する動議などが提出され、さらに牛歩で抗戦したため二泊三日の徹夜国会となった。さらに、23日の明け方に防衛二法案が可決成立した直後、与党は、委員会で全く審査が行われていない健保特例法改正案の中間報告を求める動議を提出、議長席の周辺は与野党入り乱れて混乱状態となったため、重宗参議院議長は休憩を宣告して議場を出てしまい、この日は本会議が再開されることはなかった。

 

健保特例法改正案

健保特例法改正案は、2年前紛糾の末に成立した法案をさらに延長するものである。政府はこの間に抜本対策を行うことを約束していたが、結論を得られないままに延長法案を提出した。衆議院では最初から対決ムードであり、6月19日の社会労働委員会において国民年金法改正案を強行採決した直後、続けて健保特例法改正案の趣旨説明を行ったため、最初から審議は空転した。国会対策委員長会談で妥協が成立し26日から質疑が始められたが、7月10日には特例法を恒久法化する修正を加えて強行採決された。その後の与野党の協議は決裂した。

翌11日からの衆議院本会議では石井議長不信任決議案、小平久雄副議長不信任決議案、森田重次郎社会労働委員長解任決議案、斎藤昇厚生大臣不信任決議案が次々と提出され引き延ばしの議事が続き徹夜国会となった。12日の深夜に審議入りした健保特例法改正案は、14日の午前221分からの本会議でようやく討論を経て記名採決に入った。だが、野党は演壇で妨害行動をとり、投票が進まなかった。

ここで、小平副議長は「…一部少数の実力によって、多数の者の表決を妨げることは許しがたいことであります。この状況では、議長は、記名投票をもって表決することは不可能と認めます。少数の実力によって多数の意思を無視することは、憲法の精神がこれを許しません。議長は、やむを得ず起立をもって採決いたします。」と発言し、突如として起立採決に切り替えた。採決はすぐ終了し本会議は散会した。

野党は記名投票による表決を起立採決に切り替えたことは憲法57条13)憲法第57条第3項「出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。」及び衆議院規則152条14)衆議院規則第152条「議長が必要と認めたとき、又は出席議員の五分の一以上の要求があつたときは、記名投票で表決を採る。」違反であると強く抗議し、各委員会の審議に応じず、正副議長は「少数党の実力による妨害を認めれば、憲法56条15)憲法第56条第2項「両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。」の多数決原理が踏みにじられる。憲法56条こそ憲法57条に優先する」との声明を出し、議決が有効であることは主張したものの、与党への抗議の意味をも込めて責任をとってともに15日に辞表を提出した。

16日に新たに選出された松田竹千代議長と藤枝泉介副議長は、国会の正常化を図るため調停案を提示し、「議長の法案の差し戻し権を認める国会法改正を行う、物理的抵抗はしない、強行採決は行わない」などで、社会党、共産党を除く自民党、民社党、公明党の間で申し合わせを行った。

健保特例法改正案は参議院に送付されてからも対立が続く。7月25日の未明の参議院本会議では、中間報告を求める動議が可決された。休憩をはさんだ後には、社会党の吉田忠三郎社会労働委員長は中間報告のなかで「…提案理由はもとより、当委員会におきましては、ただの一回の審査も行なっていないことを申し上げます。16)1969年7月25日 参議院会議録」と与党の強引な運営を批判した。次いで、28日午後11時までに委員会審査を終了する動議が可決された。つまり、与党は社会党委員長に縛りをかけて3日間の委員会審査の時間を与えた。

しかし、期限までに委員会審査は終了せず、29日からの本会議は二週続けての二回目の徹夜国会となった。まず、健保特例法改正案を議題とするに決し、委員長から中間報告後の審査経過について報告があり、野党提出の修正案2件の趣旨説明及び質疑、各種動議、それに伴う牛歩戦術で野党が審議引き延ばしをつづけ、両修正案を否決したのち、8月2日になって、ようやく本案が可決成立した。

 

大学運営臨時措置法案

参議院が健保特例法改正案で混乱しているとき、衆議院では大学運営臨時措置法案の審議で混乱していた。長期化する大学紛争に対処するため政府が当初会期の末の5月24日に提出した。野党は自由で自主的であるべき大学運営に対する国家権力の介入だと反対した。7月24日の衆議院文教委員会で強行採決され、与党は野党との話し合いは不可能と判断し、翌日夜から本会議を強行開会し、この会期の衆議院で3度目の徹夜国会に突入した。

発言時間制限の動機が可決されたのち、まず、就任して一週間しか経たない松田議長不信任決議案、次に藤枝副議長不信任決議案から審議が始まった。強行採決をしないとの調停をしたばかりの正副議長が文教委員会での強行採決を追認したことによる。

その後、大坪保雄文教委員長の懲罰動議17)懲罰の主たる理由は、採決前に委員室が野党に占拠されることを懸念し、本会議にも出ずに開会二時間前から委員長席に着いていたことである。、大坪文教委員長解任決議案、坂田道太文部大臣不信任決議案、大学運営臨時措置法案を文教委員会に再付託すべしとの動議などが審議され(正副議長不信任決議案を含めてすべて否決)、法案は7月29日になって可決された。この間、四泊五日、本会議の実質開会時間は48時間22分となり、③で述べた健保特例法案の採決時に衆議院本会議で要した30時間16分を抜いて最長記録となったとされる18)1969年7月30日 朝日新聞(ただし、健保特例法案と同様の算出方法で筆者が計算すると46時間8分となる。いずれにしても議題宣告から採決に至るまでの衆議院本会議で実際に要した時間の最長記録であることは変わらない。) 。法案可決後、佐藤内閣不信任決議案が否決されている。

参議院においても与党はさらなる強硬姿勢を貫いた。会期末の8月5日が迫っているなか、文教委員会では2日に法案の提案理由説明から採決まで一気に5分間で終わらせてしまった。事実上の審議なしである。委員会室は騒然として会議録はとれていない。与党は翌日の日曜日の本会議を議長職権でセット、野党は正副議長不信任決議案などを連発することで残り会期が短いことから法案成立の阻止は可能と考えていた。重宗参議院議長は野党各党に対し「法案は継続審議にする」との提案をしたが、政府・自民党の方では今国会での成立を確認したため、あっせんをあきらめざるを得なかった。沖縄返還に政治生命をかける佐藤総理は訪米実現のために大学紛争の混乱を終息させねばならなかったのである。逡巡する重宗議長は血相を変えた田中角栄幹事長に本会議強行を説得され、さらに総理の意思も最終確認したうえで開会したという19)早野透 田中角栄 中公新書 2012.12.25

8月3日の本会議は入念に準備されていた。安井謙副議長不信任決議案の審議にあたり、与党は長時間演説を防ぐために発言時間制限の動議を提出した。これは討論なしの即決動議であり、直ちに記名採決に入った。重宗議長が牛歩を行う野党議員の投票を(意図的に)途中で打ち切ると、議場が混乱したため休憩を宣告する。

本会議は25分後の午後8時6分に再開された。「再開いたします。先ほどの混乱では、質疑、討論等のできない状態と認めます。休憩前の議事は中止し、日程第七(大学運営臨時措置法案)を議題とすることに賛成の諸君の起立を……(発言する者多く、議場騒然)」と発言、一気呵成に採決し、可決させた。わずか2分間であった。議長は衛視に守られて議場を後にした。

議長の議事整理権20)国会法第19条「各議院の議長は、その議院の秩序を保持し、議事を整理し、議院の事務を監督し、議院を代表する。」、日程の変更権21)参議院規則第88条「議長が必要と認めたとき又は議員の動議があつたときは、議長は、討論を用いないで、議院に諮り、議事日程の順序を変更し又は他の案件を議事日程に追加することができる。」を根拠に、すべて計画された抜き打ち採決であった。参議院においては実質審議が全く行われなかったことになる。第61回国会の与党の相次ぐ強行策には批判が強まり、議会政治の危機と言われた。重要法案は成立したが、政府提出法案113件のうち50件が成立しなかった。その後の異常国会への信頼回復のために開かれた総理と野党党首との会談は決裂に終わった。重宗参議院議長は辞表を提出した(実際には辞めていない)。国会正常化特別委員会を作ろうとの話も出たがうやむやになった。

脚注

脚注
本文へ1 正式名称は「健康保険法及び船員保険法の臨時特例に関する法律案」
本文へ2 1967年8月6日 朝日新聞
本文へ3 正式名称は「大学の運営に関する臨時措置法案」
本文へ4 正式名称は「国有鉄道運賃法の一部を改正する法律案」。日本国有鉄道財政再建促進特別措置法案並びに対案の衆法と一括議題で審議された。
本文へ5 正式名称は「防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法律案」
本文へ6 正式名称は「健康保険法及び船員保険法の臨時特例に関する法律等の一部を改正する法律案」
本文へ7 1969年8月6日 朝日新聞
本文へ8 1969年7月31日 朝日新聞
本文へ9 1969年5月29日 朝日新聞
本文へ10 沖繩における郵便貯金の奨励及び簡易生命保険思想の普及に必要な施設及び設備の設置及び無償貸付けに関する法律案
本文へ11 都市再開発法案の強行採決を理由とする。
本文へ12 太平洋諸島信託統治地域に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件の強行採決を理由とする。
本文へ13 憲法第57条第3項「出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。」
本文へ14 衆議院規則第152条「議長が必要と認めたとき、又は出席議員の五分の一以上の要求があつたときは、記名投票で表決を採る。」
本文へ15 憲法第56条第2項「両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。」
本文へ16 1969年7月25日 参議院会議録
本文へ17 懲罰の主たる理由は、採決前に委員室が野党に占拠されることを懸念し、本会議にも出ずに開会二時間前から委員長席に着いていたことである。
本文へ18 1969年7月30日 朝日新聞(ただし、健保特例法案と同様の算出方法で筆者が計算すると46時間8分となる。いずれにしても議題宣告から採決に至るまでの衆議院本会議で実際に要した時間の最長記録であることは変わらない。)
本文へ19 早野透 田中角栄 中公新書 2012.12.25
本文へ20 国会法第19条「各議院の議長は、その議院の秩序を保持し、議事を整理し、議院の事務を監督し、議院を代表する。」
本文へ21 参議院規則第88条「議長が必要と認めたとき又は議員の動議があつたときは、議長は、討論を用いないで、議院に諮り、議事日程の順序を変更し又は他の案件を議事日程に追加することができる。」

コメント

タイトルとURLをコピーしました