国会審議における議員立法(2)
─ 委員会提出、与党提出、野党提出
岸井和
2020.01.28
(4) 委員会提出法律案
議員立法の中で、成立する可能性が高いのは委員会提出法律案である。成立した議員立法のほとんどは委員会提出法律案である。例えば、1(3)の表1に示した2019年の常会においても成立した衆法11件のうち10件、参法4件のうち3件が委員会提出となっている。
委員会提出法律案は、事前に与野党の協議が行われ、各党の合意を得たうえで委員会として提出を決定するものである。衆議院の委員会での手続は次のようになる。まず「○○法律案起草の件」が議題とされ(参議院では「〇〇法律案に関する件」)、委員長が起草案(参議院では「草案」)の趣旨・内容について説明がある。法律案が予算を伴うものであれば内閣から意見を聴取する。続いて、「本起草案を委員会の成案と決定し、これを委員会提出の法律案と決する」ことについて賛否を問う。事前の各党の合意を得ているので全会一致で決定する場合がほとんどである。この間、5分程度である。本会議では、委員会審査を省略することを決めたうえで1)議事の原則からすれば委員会から提出された法律案も委員会での審査を行うこととなるが、実際には委員会の意思はすでに決定しているので審査のために法案を委員会に付託することはしない。正規の手順とは異なるため、付託して審査をするという手続きを省略し本会議で直ちに議題とすることを決議したうえで、委員長(提出者)の趣旨弁明を求め採決に入る。委員長が法律案について趣旨弁明を行った後、直ちに採決する。本会議の議事も2、3分で終了する。形式的には委員長が法案提出者となる。
ここで、一番大きな問題は法律案の内容について表の場で議論がなされないことである。理事会等の非公開の場での協議を経て与野党が合意して提出されるため、協議内容が外部に対しては明らかにされない。国会側の姿勢としては、すでに内容を吟味しているので新たに質疑をする必要はないし、また、委員会のメンバー全員が提出者であるから、質疑を行えば提出者が提出者に質問し答弁を受けることとなる。他方で、法律案の内容が公に確認されないまま数分の間に可決されてしまえば、国民に対する説明責任が果たされたとは言えない。このような審議方法では国会審議が活性化されることにはつながらない。
この問題に対応するため、法案起草の議事に入る前に一般質疑(国政調査案件を議題とする)を行い、予め政府に法案内容の整合性や運用方針などについて質問する方法が取られることもある。しかし、法案提出者に質疑をするわけではないし、事前に政府に暗に了解を取るような方法で議員立法の活性化と言えるのか。
法案内容が詳らかにならないとの批判に応えるための別の方法として、衆議院では起草案の趣旨説明の後、委員からの「発言」として実質的に提案者(及び政府)に質疑を行う方法もとられる。特に平成20年代からこの方法が頻繁にとられるようになっている。委員長ではなく、法案作成に携わったコアの委員が起草案を動議の形式で提出する。「〇〇君外△名から〇〇法案の起草案を成案とし、本委員会提出の法律案として決定すべしとの動議が提出されています。」と委員長から報告があり、その後趣旨説明、発言(実質的な質疑)と続く。
参議院でもほぼ同様の方式がとられ、「〇〇に関する調査のうち、〇〇法律案に関する件を議題とします。…〇〇君から〇〇法律案の草案が提出されております。」と宣告したうえで、法案の趣旨説明の後、「本草案に対し質疑、御意見等がありましたら御発言願います。」と質疑に入る。仮に質疑がなくとも、発言を促すことで運用されている。最後に、草案を法案として委員会から提出することの可否を諮る。
しかし、実際の発言(質疑)の時間は1時間にも満たないことがほとんどであり、通常の法案審査からすると格段に短い。まったく議論がされないことと比べれば一定の進歩ではあろうが、また、内容的にも対立が生じる法案ではないことが多いとはいえ、国民の目線からすれば内容が明確にならないことは大きな問題である。また、迅速な成立が望めることから、与野党のみならず、政府まで協力的な場合もある。本来閣法として提出し、時間をかけて審議すべき法案の迂回路的に委員会提出法律案が利用されることがあるのならば、立法府としての立場を問われかねないため、このような懸念を払拭するためにも立法の過程を明らかにする必要はあるだろう。
(5) 与党提出(与野党相乗りも含む)の議員立法
与党提出の議員立法の数は少ない。与党提出のものにも、支持団体等へのアピールなどを目的とし強く成立を期待していない政策表明型と、党の方針や多数を背景に、成立させる意思をもって提出する政策実現型とに分かれよう。
多数を持つ与党が提出した議員立法も必ずしも成立率が高くないことは、前者に属する法案が少なからずあることを意味し、それでも野党提出の法案よりも件数が少ないことは政権の方針との整合性、与党として責任から一定の制約があることにある。
他方で、少数ながら成立につながる与党提出の政策実現型の議員立法は、法案の内容からして政府の提出を控えられる中、与野党の激しい対立にもつながる重要な法案であることもしばしばある。近年においては、「国旗国歌法(1999年提出、成立)」「国民の祝日法改正(昭和の日の制定) (2002年初提出(未了)、04年再提出、05年成立)」、「憲法改正手続き法(2006年提出、07年成立(与党案、野党案の併合修正))」「特定複合施設法(いわゆるカジノ法)(2013年初提出(未了)、15年再提出、16年成立)」など、各党の基本的価値観の相違、政治的利害から対立を生じ、成立までに時間を要し、採決が強行されたものもある。特に、議員定数是正のために「公職選挙法」がしばしば改正されてきたが、この審議は与野党の利害に直結するため、激しく対立することも多い。
(6) 野党(単独)提出の議員立法
野党提出の議員立法は政策表明型のものがほとんどである。その提出件数は多いが、成立することは稀である。議会の中で与党に対立する少数者の提案した法律案であり、成立しないのは当然のことともいえる。それは自らの政策を有権者に提示し、次の政権を担う資格があることを訴える意味がある。
成立しないことはやむを得ないとしても、その実態としては審議もされない法律案が多い。提出者も審議されることを期待していないことも多い。審議され、質問され、最終的に「否決」という結果にまで至れば、野党の議員立法としては成功したといえる。
こうした状況の中で、審議の対象となった野党法案の大多数は、政策表明型の中の「対案」にあたるものである。野党が対案を提出するケースでは、与野党対決法案としてすでに閣法(ないしは与党提出法律案)が提出されていることが多い。野党が対案を提出する目的は、国会の表の舞台で自らの方針を示すこと、うまくいけば閣法の成立を阻止するか修正を勝ち取ることにある。閣法は提出されてもすぐには審議が始まらない。まず、野党は閣法に趣旨説明要求をつけ2)議案が提出されたとき、議長はこれを適当の委員会に付託するが、その議案に対し趣旨説明要求が付されると、本会議で趣旨説明を聴取するか、議院運営委員会で委員会に付託することを決定しない限り、委員会での審査の対象とならない。野党は本当に本会議で趣旨説明を聴取したいか否かを問わず、内閣から提出されるすべての議案(予算案を除く)に趣旨説明要求を付けて、日程協議の取引材料とする。これは議員立法に対しても同様で、与党は野党案に、野党は与党案に趣旨説明要求を付け、即座に委員会の審査に入れないようにすることが半ば慣例化している。、「まだ、内容を精査中だから」「対案を準備中だから」といった理由で審議入りを遅らせる。与党は、閣法と対案を同時に趣旨説明を聴き審議に入り、十分時間をかけて充実した議論をしたいと、早期に対案を提出するように促す。できる限りスムーズに閣法の審議入りをするための呼び水として対案を利用する。ここで、与野党の思惑は合致するので、野党案も審議の対象となるのである。
この対案以外の野党案は審議の対象ともならないことが多い。政策先取り型の法案は取り上げられることはほとんどなく、提出したことで満足するしかない。その後の与党や政府の政策に影響を与えることがあるかもしれない。しかし、その証明は難しい。与党や政府は新たに法案を出したときに「野党案がすばらしかったので取り込みました」とはなかなか言わない。仮に取り込んだとしても、あたかも自分たちが考えたような態度をとるであろう。
それでも、育児休業法(1991年)は野党法案が形を変えて成立した例とされ、BSE対策の法案(2002年)や偽造銀行カード対策の法案(2005年)などは、野党が提出した法律案を契機として、後追いで与党の議員立法や委員長提出法律案として提出され、成立したとされる3)茅野千江子「議員立法はどのように行われてきたか」国立国会図書館 レファレンス2016.1。野党単独提出の議員立法は多数に上り、審議されることは少なく、成立することは極めて稀であるが、その中には提出することによって間接的な効用がある法律案もあるということになる。
だが、大量に提出された野党案の中での数少ない例であり、人的、物的、金銭的に多くの資源が使われており、効率性からみてどのように評価すべきなのか。多くの提案がなされ、その中からより良いものを取り上げることはコストの問題ではなく、民主主義の過程として価値があることだとの議論も成り立ちうるが、より効率的な方法も考えられるのではないだろうか。
脚注
本文へ1 | 議事の原則からすれば委員会から提出された法律案も委員会での審査を行うこととなるが、実際には委員会の意思はすでに決定しているので審査のために法案を委員会に付託することはしない。正規の手順とは異なるため、付託して審査をするという手続きを省略し本会議で直ちに議題とすることを決議したうえで、委員長(提出者)の趣旨弁明を求め採決に入る。 |
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本文へ2 | 議案が提出されたとき、議長はこれを適当の委員会に付託するが、その議案に対し趣旨説明要求が付されると、本会議で趣旨説明を聴取するか、議院運営委員会で委員会に付託することを決定しない限り、委員会での審査の対象とならない。野党は本当に本会議で趣旨説明を聴取したいか否かを問わず、内閣から提出されるすべての議案(予算案を除く)に趣旨説明要求を付けて、日程協議の取引材料とする。これは議員立法に対しても同様で、与党は野党案に、野党は与党案に趣旨説明要求を付け、即座に委員会の審査に入れないようにすることが半ば慣例化している。 |
本文へ3 | 茅野千江子「議員立法はどのように行われてきたか」国立国会図書館 レファレンス2016.1 |
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