国会審議における議員立法(10)

国会審議における議員立法(10)
─ 野党提出の議員立法の審査の実態

岸井和
2020.04.02

(3)審議された野党提出の議員立法

国会において野党提出法案が審議されることが少ないのは前述の通りだが、審議されるケースは閣法または与党案の「対案」として提出されている場合がほとんどである。与党側は、閣法または与党案を審議するための呼び水として、あるいは与野党で議論を交わしたという体裁をとるために一括議題として野党案を審議することが少なくない。

たとえば、2019年の常会を例にとってみると(上の参考表)、まず衆議院においては、野党単独提出の衆法は54法案あり、このうち審議を行ったのは5法案であった(54マイナス49)。この5法案はすべて閣法の対案である。5法案のうち4法案は閣法を可決するに先立ち否決された。残る1法案は児童虐待防止のための児童福祉法改正案であり、本会議趣旨説明から閣法と一括して審査されていたが、委員会での質疑終局直前に撤回された。閣法の児童福祉法改正案について与野党で修正協議が整い、野党案は撤回されたうえで、閣法が全会一致で修正議決された(後述)。野党案の47法案を中心に51法案が審議されることなく次の会期へと継続扱いになっている。

他方で、参議院では野党単独提出の29の参法のうち審議を行ったのは国会議員歳費法改正案の2法案(29マイナス27)で、いずれも与党議員提出の法案に対する対案であった。両案とも否決され、与党案が可決されている(後述)。その他の野党提出法案はすべて審査未了廃案となっている。

 

A野党案への質疑の最近の事例(閣法の対案の場合)

①働き方改革法案(2018年)1) 働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案(閣法)、労働基準法等の一部を改正する法律案(立憲議員提出)、雇用対策法の一部を改正する法律案、労働基準法の一部を改正する法律案及び労働契約法の一部を改正する法律案(国民議員提出)。閣法が衆議院で修正議決され、2018年6月29日に成立。 

それでは、対案としての野党案が審議されたケースにおいて、どのように取り扱われているのであろうか。果たして閣法と野党案に対し活発に質疑が行われているのかをいくつかのケースを見てみたい。

具体的なケースとして、まず2018年常会の「働き方改革法案」について見る。衆議院の厚生労働委員会において、働き方改革関係の法案は閣法並びに立憲案1法案と国民案3法案(閣法と野党案を合計して5法案)が一括して議題として審議された。野党の閣法に対する抵抗は強く、審査途中で、野党の審議拒否、委員長解任決議案、大臣不信任案の提出があり、最後は強行採決(修正)となった。与野党対決の中で、野党案はほとんど相手にされなかった。

この間、委員会は9回開かれているが、野党の対案は遅れて提出され3回目から審査に入り、その後で参考人にのみ質疑を行ったのが1回あったので、閣法と野党案が一括して大臣や提出者に質疑されたのは6回の委員会であった。

この6回の委員会において、手元の集計では、延べ45人の委員が質疑にたち、660程度の質問が行われた。このうち、野党案に対する質問はわずか22問、全質問の3%程度であり、自民、共産、維新の委員は1問も野党の法案提出者に質問をしていない。提出者と同じ会派からの質問が多く、野党案も審議されたと評価できるのかも疑問が残る。

閣法は修正議決されているが、修正は与党と維新が行ったものであり、野党案の意味がどこまであったのか、少なくとも国民から見える委員会の舞台での野党案の果たした意味は感じられない。単に、反対、抵抗の意思を示しただけであるというのは言い過ぎであろうか。

 

②法科大学院法案(2019)2)法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法)と司法試験法等の一部を改正する法律案(国民、社保議員提出)。閣法が2019年6月19日に原案通り成立。 

2019年常会の法科大学院をめぐる閣法とその対案である野党(国民、社保)案との衆議院文部科学委員会における審査である。3回の委員会で延べ23人の質疑者が280程度の質問を行い、野党案への質問者は延べ3人、15問、5%という数字であった。質問者も提出会派の国民委員1人と維新委員1人(同一委員が2回)のみであった。

 

③児童虐待防止のための児童福祉法改正案(2019)3)児童虐待防止対策の強化を図るための児童福祉法等の一部を改正する法律案(閣法)と児童虐待を防止し、児童の権利利益の擁護を図るための児童福祉法等の一部を改正する法律案(立憲、国民、共産、社保、社民議員提出)。野党案は撤回され、閣法が全会一致で修正議決された(2019年6月19日成立)。

前述した児童虐待防止のための児童福祉法改正案の衆議院における審議状況についても若干詳しくみてみたい。児童虐待防止の閣法と野党案は同時に審議が始まった。弱者である児童をいかにして親の暴力から守るかという方向性は与野党共通しており、その手法に違いはあるが、働き方改革のような基本的な政策の相違はないため、重要法案として位置づけられたが対決的なものではない。閣法と野党案(立憲、国民、共産、社保、社民提出)との歩み寄りは可能な内容であった。

両案は本会議での趣旨説明を聴取したのち、5回の委員会が開かれたが、実質的審査は趣旨説明を聴取しただけの委員会と参考人に対する質疑をした委員会の2回を除き、3回の委員会において与野党の間で両案を議題として論戦が展開された。

まず、本会議では与野党合わせて7人の議員が質疑を行ったが、自民、公明の与党と維新は野党案に対しては質問を行わなかった。

委員会においては、延べ76人が410程度の質問を行ったが、野党案への質問は37問で、全質問に対する割合は9%程度であった。比較的協調的な雰囲気の中、野党案が一部取り入れられる可能性があったため、質問が多かったと思われる。しかし、与党は12人が質問をしたが、野党案に対して質問をしたのは2人だけであった。

最終的には、野党案が撤回され、閣法が与野党共同で修正され全会一致で修正議決された。野党としては閣法を修正したことで、対案を提出した成功例といえよう。しかしながら、修正案については採決直前に提出され内容についての議論がされていないこと、修正案は与野党協議を重ねた結果ではあるが、それはバックヤードでの協議であり修正合意に至った経緯が不明であること、委員会での野党案への質問は少なく閣法を中心に議論が進む中、対案ではなく最初から修正案を提示することが議論の焦点の明確化につながったであろうことなどを考えると、議論と手続きの透明性に欠けているといえよう。

 

④教育基本法(2006年)4)日本国教育基本法案(民主議員提出)、教育基本法案(閣法)。2006年の常会(164回国会)に提出され、臨時会(165回国会)に閣法が衆議院を通過、その約一か月後の12月15日に参議院で可決、成立。

教育基本法の改正は、与野党の個人と国家の在り方の理念の相違が大きく、難航が予想される法案であり、特別委員会を設置して審議された。衆議院において、閣法と野党民主案をめぐり2会期にわたり議論は続いたが、最終的には野党が欠席する中で閣法が可決された。妥協、修正が困難な中で、対案が提出されたことは、議論に広がりを持たせるうえで意味がある方法であったと考えられる。

しかしながら、現実に相異なる価値観を比較しつつ議論が展開されたのかは疑問が残る。2会期の間、4回の参考人質疑、1回の公聴会を除き、15回の委員会で閣法と衆法に対し延べ121人が1,450程度の質問をしているが、民主案への質問は129問(9%弱)にすぎなかった。最初の会期では13%弱であったものの、次の会期では6%弱へと激減し、しかも、両会期を通じて民主議員が民主の法案提出者に質問をしたのが約半数で、それ以外の野党会派の議員は民主提出法案に質問をしていない。つまり、閣法と同等に野党案を取り上げられはしなかった。理念の相違を明確にするうえでは対案提出が意味はあったが、議論の中で対政府への質問が圧倒的であり、対案の存在が修正につながるということもなかった。

 

B野党案への質疑の最近の事例(与党提出の議員立法への対案の場合)

与野党ともに議員立法を提出した場合、答弁者は法案を提出した議員であるから、大臣が答弁に立つことはなく、政府参考人(官僚)が答弁する機会も少ない。政府に質問するのではなく、議員同士が議論する形となるが、それでも、成立が見込まれる与党提出法案に対する質問が多くなる傾向が見られる。

 

①ギャンブル依存症対策基本法案(2018年)5)ギャンブル依存症対策基本法案(立憲、無会、自由、社民議員提出)、ギャンブル等依存症対策基本法案(自民、公明、維新議員提出)。2018年7月6日成立。

2016年のIR法の成立に伴い、同法の争点の一つであったギャンブルへの依存症への対策を樹立するために2018年の常会に提出された法案である。維新も加わって提出された与党案と立憲などが提出した野党案が衆議院の内閣委員会において一括して議題となり、質疑は途中参考人に対する質疑を挟みつつ、2日間にわたって行われた。最終的には与党案のみが可決され、野党案は会期末に撤回されている。

対参考人質疑を除き、16人が85問の質問を行ったが、その内訳は、対与党案が51問(60%)、対野党案が15問(18%)、対政府・参考人が19問(22%)であった。成立が見込まれる与党案提出議員に対する質問が多く、野党案提出者に対する質問は政府に対する質問よりも少なかった。

 

②歳費法改正案(2019年)6)与党議員提出案、維新議員提出案はいずれも同じ法案名の国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律の一部を改正する法律案、野党議員提出案は国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律等の一部を改正する法律案。参議院提出法律案。与党議員提出案が2019年6月18日成立。

選挙関係の法案や国会関係の法案は、議員の身分、議院の自律性に関わるとともに、各党の理念や利害に直結することが多いため、閣法としてではなく各政党によって提出されることが少なくなく、与野党の法案が対案として議論されることがしばしばある。

歳費法改正案は、参議院議員選挙の一票の格差是正のために2018年に参議院議員の定数が増加したことを受け、その経費増加分に応じて議員歳費を減額しようとするものであった。経費削減の在り方、衆議院や行政府との関係などについての考え方が異なっていたため、与党案(参議院議員の歳費の一部返納を認める)、野党案A(立憲などの衆参議員の歳費及び総理の俸給等の削減)、野党案B(維新の衆参議員の歳費二割削減)の3案が提出された。結果は与党案が成立し、野党の2案は否決されている。

質疑は参議院の議院運営委員会において1日間行われ、9人が78の質問を行った。この内訳についてみると、対与党案が51問(65%)、対野党案Aが18問(23%)、対野党案Bが7問(9%)、その他2問(3%)であった。

 

以上みてきたように、野党単独提出の議員立法が審議の対象となるのは20%程度でしかなく、そのほとんどは閣法か与党提出の議員立法の対案として審議されるものである。しかも、その審議においても、閣法の対案の時は質問の割合は1割にも満たない。与党の議員立法の野党対案の場合は、質問の割合は大きく上昇するものの与党案の半数にも届かない。実際のデータを調べたサンプル数が少ないので、こうした状況が一般的なものとまでは断言できないが、議会関係者の感覚とは一致しているものと思われる。

1997年あたりから、野党は議員立法を提出し、独自の政策をアピールするか、政府や与党の法案の対案を示すことが多くなった。前者は審議の対象とならない。後者は政府案や与党案の審議入りの呼び水として利用されるだけではなく、与野党の違いが明確になり、修正協議へと前進し議会としての機能を全うすることにつながることもある。しかしながら、全体としてみて、与党は野党案の審議には消極的である。成立の見込みがない野党案については、他の野党ですらも冷淡である。提出者が他の野党議員に「質問をしてくれ」とお願いすることもある。それでも、採決の前の討論では(他の)野党案には言及すらしないことも散見される。少なくとも、提出される法案数の多さに比し、実質的な影響力がある法案は著しく少ない。

議員立法の活性化とは何か?単に提出すればよいということではないだろう。国会の外で「法案をたくさん提出した」と得意げに語っても、「それでは、その法案がどうなったのか?」と聞かれると答えに窮するのではないか。議論の俎上に乗って立法活動が活性化しなければならない。それを実現するには、議員立法の大多数を占めている野党案の扱いをどうするかにかかっている。議員立法審議の時間を確保するのも一案かもしれない。しかし、与党は対立する野党の法案審議のために時間をかけることはしまい。

野党は、少なくとも国会の中での議論を考えた時、戦略を変更する必要がある。
単に党の独自性をアピールするために提出する法案は審議には行きつかない。政策先行型として評価する意見もあるかもしれないが、野党案が政府案の元ネタとなっているとの証拠は示せないし、仮にあったとしてもその数は少ない。それはそれで選挙で敗れた少数派の運命として諦めるしかないが、国会審議の活性化にはつながらないことも承知しなければならない。

与党議員提出の議員立法に対する野党対案は一定の効果があろう。質問数もある程度なされるし、修正協議によって与野党案が一本化されることもときどきある。しかし、閣法に対する対案はあまり実効性がない。衆参のねじれのときや、国論が大きく分かれる場合には修正が行われることもあるがそれよりも、最初から修正案の提出の方が効果的ではないか。現在の審議では、修正案は採決直前に提出されることが多い。内容の説明は行われるが、議論はされずに賛否を問うことになる。対案をもとに修正がなされるとしたとしても、与野党の間の協議の経緯が不透明で説明責任を果たしたとは言えない。野党は修正案の提出を活用し、委員会審査でそれを議論するようにし、与党はそれを受け入れない理由、受け入れる理由を明確に述べる機会を持つようにすれば、より審議の活性化、透明化につながるであろう。修正の扱いについてはいずれ機会を見てより詳しく検討したいと考えている。

【主な参考文献】

衆議院先例集平成29年版

参議院先例録平成25年版

衆議院・参議院編「議会制度100年史」 大蔵省印刷局 1990

浅野一郎他 「新・国会事典第二版」 有斐閣 2008

茅野千江子「議員立法はどのように行われてきたか」国立国会図書館 レファレンス2016.1

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宮澤俊義「新憲法と国会」國立書院 1948

美濃部達吉「逐条憲法精義」有斐閣 昭和2年

美濃部達吉「憲法撮要」有斐閣 大正12年

古賀豪他「帝国議会および国会の立法統計」国立国会図書館リファレンス2010.11

高見勝利「議員立法三題」国立国会図書館リファレンス2003.6

川人貞史「日本の国会制度と政党政治」東京大学出版会 2005

奥健太郎「事前審査制の起点と定着に関する一考察:自民党結党前後の政務調査会」 法学研究 2014

佐藤誠三郎他「自民党政権」中央公論社1986

谷勝宏「議員立法の実証研究」信山社 2003

谷勝宏「議員立法と国会改革」 公共政策2000

高野恵亮 「自民党の政策形成能力:野党期自民党の議員立法を中心に」 嘉悦大学研究論集 2007

橘幸信 「立法学講義(3)議員立法の現状分析」商事法務 2006

江田五月「国会議員」 講談社現代新書 1991

衆議院、参議院各会議録

枢密院会議筆記

脚注

脚注
本文へ1 働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案(閣法)、労働基準法等の一部を改正する法律案(立憲議員提出)、雇用対策法の一部を改正する法律案、労働基準法の一部を改正する法律案及び労働契約法の一部を改正する法律案(国民議員提出)。閣法が衆議院で修正議決され、2018年6月29日に成立。
本文へ2 法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法)と司法試験法等の一部を改正する法律案(国民、社保議員提出)。閣法が2019年6月19日に原案通り成立。
本文へ3 児童虐待防止対策の強化を図るための児童福祉法等の一部を改正する法律案(閣法)と児童虐待を防止し、児童の権利利益の擁護を図るための児童福祉法等の一部を改正する法律案(立憲、国民、共産、社保、社民議員提出)。野党案は撤回され、閣法が全会一致で修正議決された(2019年6月19日成立)。
本文へ4 日本国教育基本法案(民主議員提出)、教育基本法案(閣法)。2006年の常会(164回国会)に提出され、臨時会(165回国会)に閣法が衆議院を通過、その約一か月後の12月15日に参議院で可決、成立。
本文へ5 ギャンブル依存症対策基本法案(立憲、無会、自由、社民議員提出)、ギャンブル等依存症対策基本法案(自民、公明、維新議員提出)。2018年7月6日成立。
本文へ6 与党議員提出案、維新議員提出案はいずれも同じ法案名の国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律の一部を改正する法律案、野党議員提出案は国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律等の一部を改正する法律案。参議院提出法律案。与党議員提出案が2019年6月18日成立。

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