国会審議における議員立法(3)

国会審議における議員立法(3)
─ 議員立法が活性化しない一つの理由

岸井和
2020.02.05

2議員立法が活性化しない一つの理由

議員立法が活性化しているとは言えない状況は、1(3)で述べた2019年の198回国会に限ったことではない。その時代の社会的、政治的状況により議員立法が増えることはあっても、また、それを一つの傾向として評価する考えもあることは確かだが、基本的には同じ状況は続き、自省的に議員立法を活性化すべきだとの主張が繰り返されてきた。

議員立法については、その活性化を唱える声は長らく大きいものがある。1996年には衆議院の土井たか子議長、鯨岡兵輔副議長が連名で「議員立法活性化についての指針」を公表し、同年に斎藤十郎参議院議長の諮問機関がやはり議員立法の充実を求めている。国会は「国の唯一の立法機関」であるとの憲法の規定はあるにもかかわらず、閣法を中心に議論が展開されていることに議会としては漠然とした負い目は感じていよう。最近では2014年5月に、自民、公明、民主、維新の4党間でまず衆議院において議員立法を原則委員会に付託して積極的に審議することで合意を得た1)4党間の合意においては、議員立法審議の促進だけではなく、党首討論の月1回の開催、首相や大臣の委員会出席の負担軽減、質問を早い段階で通告することなどの国会改革が合意された(2014.5.24読売新聞、日本経済新聞)。しかしながら、そのいずれも実現には至っていない。与野党の合意内容の重点や思惑が異なり、実現されないということは少なからずあるのが実情である。。しかしながら、合意は履行されているとは言い難い。

近年では、閣法つまり官僚立法に対して民意を直接に反映した議員立法の重要性も言われている。そして、議員立法に携わる実務家やそれを研究する学者からは議員立法が活性化する方向にあるとの分析が出ている。現実に、1990年代後半以降は議員立法の提出件数は増加している。しかしながら、他方では議員の中やマスコミからは「審議されない議員立法」という厳しい評価もある。

議員立法の活性化を阻害する要因として、伝統的に、提出要件が厳しいこと、政党の拘束があり議員が自由に提案できないことなどがあげられてきた。しかし、198回国会の例からもわかるように、議員立法はそれなりに提出されており、問題は提出のハードルよりも審議入り、審議時間確保のハードルの方が高く見える。それは、限られた会期内に閣法を優先して審議しなければならないばかりでなく、野党の提出した議員立法に与党はそもそも賛成しないことはもちろん、何らかのメリットが見受けられなければ審議の対象とすることにも消極的であるからである。議員の提出した法案は、法案の内容そのものよりも、それを取り巻く周辺の環境が整わないと審議に進むことはないし、できないし、進める意思もない。

英国も議院内閣制の国であり、政府提出法案が法案審議の中心となっている。日本と異なり議員立法を提出する際のハードルがそれほど高くないため、提出法案の数が多いかとも思われる。しかし、2016-17年の1年の会期の間に上下両院議員から提出されたのは総計163法案であり、日本より多いが、成立したものは8法案と日本よりもはるかに少ない2)House of Commons library 3 July 2017 , Number of public bills introduced and gaining Royal Assent since 1997。英国においては、議員立法審議に充てられる時間は一定程度は保障されているが、決して多くはないのである。議員立法は、自己主張を公の場で明らかにした、自分の支持者に対してアピールした、あるいは、政府に対して嫌味を提起したということに過ぎない。数少ない成立法案には、政府から渡された法案を提出するハンド・アウト法案のこともある。そのような法案でも成立すれば、一議員、バックベンチャーとして実績を誇示できることにはなる。

英国では、議会の日程には政府が直接に関与している。日程を協議する与党の責任者は院内幹事という政府の大臣であり、当然、政府の都合を優先して議事日程を調整している。院内総務(大臣)が毎週議会の日程を発表している。議員立法審議の時間が制度的に割り当てられているが、成立することは少ない。

他方、日本では政府が直接に国会の議事日程に口をはさむことはない。総理大臣は「国会のことは国会でお決めいただく」と答弁する。英国とは三権分立に対する考え方の相違があり、政府が国会の日程に介入することは憲法違反とされてしまう。そこで、各委員会の理事、各党の国会対策委員会(国対)が日々の日程の交渉にあたっている。与党の国対委員長は政府には入っていない。与野党の議員が政府のいないところで日程を決めるという体裁をとっている。したがって、議会が独自に日程を決められるのではないか、与野党協議により議員立法の審議時間も確保できるはずではないかとの疑問も生じるかもしれない。しかし、現実にはそうはなっていない。

日本の場合は、政府は国会の日程に直接には口を出さないが、非公式には口を出している。政権及び与党にとって閣法を成立させることが至上命題であること、また、最終的には与党の議員が日程を決める権限を持っていることが前提としてあるから、当然の成り行きとして政府提出法案の審議を優先して日程を決めるという意識がある。帝国議会時代の政府提出議案の優先審議という伝統もある。

しかし、それだけではない。政府の各省の官房や提出法案を主管する局は、与党の国会対策委員会や委員会の理事に対し法案の「ご説明」に歩き回るとともに、審議すべき法案の優先順位、独自の法案審議の日程表を持って必死に根回しをする。失敗すれば自分の首が飛ぶからである。国会の事務方にも根回しをする。英国のように中央集権的な表立った議事日程関与ではないが、より分権的で潜航した関与を行っている。しかも、英国より綿密に。英国では、役人が議会の中をウロウロしていることはない。日本では国会答弁がなくても大勢の役人が日常的に国会議事堂や議員会館内を歩いていて、常に議員の要求に対応しつつも、政府の要望をも伝えている。その要望のとおりに進まないこともあるが、少なくともそこには野党案単独での審議スケジュールは考慮されていないし、制度的にそれを保障する国会のルールもない。

与党国対は法案を提出した役所に日々の事項について注文を出し監督しているが、問題が大きくなり一省庁の手に負えなくなれば、国対が直接に調整に乗り出す。さらに問題が大きくなると国対はしばしば官邸からの指示を(内々に)受ける。重要法案の採決日程が決まらなければ、「もう採決しろ」と指示される。これは電話で済む話である。したがって、政府が国会日程に関与していると表立って証明するのは難しい。国会の論理と政府の論理とが食い違うこともあるが、最後の結論は「官邸の意向だから」と半ば諦めたように陰で囁かれる。

つまり、英国でも、日本でも、議事運営について政府の意向が働いている。議院内閣制に内在する仕組みかもしれない。国会全体が抱える議案の優先順位を、責任を持ち、最終的に調整・決定するのは多数派である政府与党であり、その調整・決定の目的は提出した閣法を全て成立させることにある。政府与党は限られた会期の中で、議員立法、特に対立する野党案を審議することは政府与党に何らかのメリットがある場合を除いて基本的には考えていない。一方で野党が議員立法を提出することを止める手立てはなく、自らの政策をアピールするために多数の法律案を提出はする。しかしながら、いくら野党が議案を提出しても、趣旨説明要求を付し法案を「吊るす」ことで実際の審議を行う場は国会において与えられることはほとんどないのである。

脚注

脚注
本文へ1 4党間の合意においては、議員立法審議の促進だけではなく、党首討論の月1回の開催、首相や大臣の委員会出席の負担軽減、質問を早い段階で通告することなどの国会改革が合意された(2014.5.24読売新聞、日本経済新聞)。しかしながら、そのいずれも実現には至っていない。与野党の合意内容の重点や思惑が異なり、実現されないということは少なからずあるのが実情である。
本文へ2 House of Commons library 3 July 2017 , Number of public bills introduced and gaining Royal Assent since 1997

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