国会の活動―減少する会期日数と本会議回数(3)
岸井和
2026.09.14
(2)年間会期日数と本会議開会回数との長期的傾向
国会の会期が長ければよいのか、短ければよいのか、これは簡単には答えられない。その時々に抱える案件の困難性、与野党の距離感など所与の条件の違いによる単なる結果なのだろうか。
会期日数と本会議開会回数の減少傾向
とはいえ、一つ言えることは、会期日数も本会議回数も長期的トレンドとしては低下傾向にあるという事実である。(1)の会期が長かった例は2012年より前であり、逆に短かった例は2017年以降である。
上記は2000年から2025年の年間の会期日数、衆参の本会議開会数の3年ごとの移動平均のグラフである。これから分かることは、会期日数、本会議数も漸減傾向にあるということである。
欧米各国は通年会期で年間会期日数がほぼ固定化されているのに対し、そもそも会期日数が少ない日本はさらに減少していることになる。これは、日本の国会の審議の対象が減っているか、審議が効率化されているか、審議が不十分なまま結論を出しているか、ということであろうか。会期日数については野党はなるべく長期間を望むものの、現実には決定権を持つ政府与党の思いは「なるべく短期間に効率的にすべての閣法の成立」であるからして、政府与党の国会に対する力関係が増している一つの状況証拠と言えるのかもしれない。
近年において会期日数が突出して長いのは2007年(279日)と2011年(289日)であるが、いずれもねじれ国会のなかで、自民政権、民主政権がレームダック化しているときであった。2012年末に第二次安倍政権以降は、強い自民政権が短い会期で国会を乗り切るようになっていった。
閣法提出件数の減少
閣法の提出件数は明かに減少する傾向にある。2014年までは年間100本以上の閣法が提出されることが多かったが、2015年以降は70本程度となって大幅に減少している。これに伴って、本会議での趣旨説明を聴取する法案数も減少し、本会議開会数減少に寄与している。
近年は政府が関連法案を一つにまとめ、いわゆる「束ね法案」として提出する。これにより、複数の法案を一本化して審議することになる。政府与党にとっては、法案の審議プロセスが一本化され、それそれぞれを所管する複数委員会ではなく一つの委員会で済むので時間の節約になる。しかし、何の法案が改正されるのか分かりづらく、議論は拡散され空洞化してしまう恐れもある。たとえば、2005年の郵政民営化は6法案が、2012年の税と社会保障一体改革では7法案が提出されたが、2015年の平和安全法制は10法案が、2023年のGX脱炭素電源法は5法案が一本化されて提出されていた。これも提出法案数の減少の要因となっている。
審議の在り方
委員会審査のやり方はどうか。日本の国会は帝国議会時代以来、議員が政府に質問をすることが中心である。つまり、大臣がいないと審議できない。しかし、他国では議員同士が(大臣が参加することもあるが)、ディベートを繰り広げることに主眼がある(例えば、米国大統領はそもそも議会で答弁しない)。オフェンス野党とディフェンス与党が論戦を交わす。逐条審議で延々と議論を続けることも少なくない。日本では大臣や役人が長時間拘束され、大臣の海外出張にも国会の了承が必要になるので、政府は極力国会が開かれないことを願っている。
本会議の議事は極度に定型化され時間の節約がはかられている。趣旨説明質疑では議員が質問し大臣が答弁する(お互いが原稿を読みつつ)。質疑時間は厳密に管理され、30秒でも超過すると注意を受ける。質問者が代わっても大臣は同じ答弁をくりかえす。法案の採決は事務方の用意した無味乾燥な委員長報告が読み上げられると直ちに採決に付される。法案はベルトコンベアーに乗せられているかのように次から次へと可決されていく。これ以上できないくらい効率化が進んでいる。
参議院
参議院の審議に十分な時間がとられているかどうかについても疑問が残る。参議院審議時間を確保するために会期末より20日前までに衆議院は参議院に法案を送付すべき「20日間ルール」という慣行があるが、これはあまり守られていない。結果として参議院は会期末になって審議をせかされることとなり、時間節約優先の審議となっている。野党としては会期終了時間切れによって対決法案を廃案とする思惑から、議論ではなく混乱がしばしば生じてしまう。2026年の第221回国会の副首都法案を巡る混乱はこの端的な事例である。
なお、上記グラフからも分かる通り、参議院の本会議開会数は衆議院よりも恒常的に少ない。この理由としては、十分に分析したものではないが、参議院の方が議員数が少ないこと、重要な修正協議は衆議院段階で進められること、参議院の審議日程が窮屈となり審議を一くくりにするなど駆け足審議になることなどが考えられよう。
国会戦術として、審議拒否をしたり、不信任、解任決議案を提出したりすることはしばしばあり、それに一定の時間を要することは必ずしも否定はしない。国会審議は民主的過程を踏んでいく必要からある程度の時間をかけざるを得ない。それを非として会期を極力短くしたり、審議時間を厳格にして時間を節約することに腐心し、そのしわ寄せで十分な審議を行っていないことの方が問題であろう。会期はもっと延ばせるのにもかかわらず、時間的都合を優先して空洞化してしまう審議慣行を見直せないとすれば問題である。他国の方が会期は長く国会審議に時間を要している。なぜ日本は時間が短くても事足りているのか。他国よりも審議が効率的なのか、審議に手抜きがあるのか。日本の審議常識を疑問に思うべきではないか。
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