国会の召集と会期(9)

国会の召集と会期(9)
─ 一事不再議②

岸井和
2020.07.14

③その他、一事不再議の問題の生じうるいくつかの例

同一事項を内容とする複数の案件の一事不再議は両院関係、議事運営上の問題から、緩和される傾向に進み、また、その時々において柔軟な対応がされてきたことは、ここまで書いてきたとおりである。他方で、全く同じ案件が同じ委員会や本会議などで繰り返されるというケースは規則で定められるか、先例でかなり拘束されており、また、混乱状態を回復させるための政治的な扱いであることが多い。特に、戦後間もなくの事例が多く、現在では全く同じことが蒸し返されることはほぼない。

衆議院規則では議案の再付託、つまりいったん本会議で案件について委員会の報告を受けたのち、更にその案件を委員会に付託することができると規定されている(119条)。委員会に対し審議を尽くす機会を再度与える趣旨である。また、衆議院先例集には「委員会の審査を終了した後、修正等の必要を認めた案件について、やむを得ない事由があるとき、報告書提出前に、又は報告書提出後にこれを撤回して、再議に付したことがある」とある。法規に規定はなくかつての例を見ると緊急避難的に対応した、あまり表に出したくない先例である。

 

再付託

衆議院において議案が再付託されたのは一例ある。1952年第13回国会の「畜犬競技法案」、いわゆるドッグレース法案である。この法案は5月15日に農林委員会で可決されたものの6月10日になってようやく本会議での委員長報告がなされた。しかし、すぐに再付託の動議が可決され農林委員会に法案は戻された。総選挙が近づきつつあるなか、賭博法成立との批判をかわすため与党が本会議の採決を回避したと思われる。規則に定められた方法ではあるが、一事不再議の原則に抵触するだけではなく、政治的な混乱を助長する可能性があり、この規定が使われることは現在ではない。

参議院については、再付託の規定は存在しないし、実例もない。

 

再議

衆議院において再議に付されたことは何例かあるが、1953年第15回国会の厚生保険特別会計法改正案が最後である。再議となった理由は詳らかではないものも多いが、国会初期の混沌とした状況を反映している。委員会で可決した法案の内容が間違っていた、委員長が可決のところを否決と宣告してしまった、参議院から再考の要請があった、関係方面から指示が出たなどである。1948年第3回国会で日本専売公社法案を大蔵委員会で再議1)大蔵委員長が否決と宣告したが、それは間違いだったと思われ、再度採決を行って修正議決となった。したとき、事務総長は、最終決定は本会議で委員会の決定は予備のものであり、予備審査に遺漏ある場合は遺漏なきを期すために、同じ議案を同じ委員会でもう一度やり直すことは違法ではないと正当化する説明2)1948.11.30 議院運営委員会議録参照をしているが、これは一事不再議に全く反している。単に議事運営の瑕疵を繕うための便法であり、おそらく同様の例は生じることはないであろう3)関係方面(GHQ)の指示は別として、法案内容の間違いは本会議での修正、委員長の間違えた否決宣告は本会議での逆転可決、参議院との関係では参議院で修正・衆議院での回付案同意ないしは再議決の手段をとるべきであった。

近年では、委員会採決が混乱して野党が審議のやり直しや採決無効を求めた場合、与党は妥協策として議案の審議・採決は有効に完了していることを前提に、法案そのものを議題とせずに補充質疑、確認のための採決(あくまでも「確認」のためであり採決のやり直しではない)を行い、野党の顔を立てつつ議事が一事不再議に抵触しないように配慮することもある。政治的には再度採決をやり直す、再議を行うことは与党の違法性を認めることとなり、あるいは混乱の再現となりかねないため与党は強く拒否するのである。

 

修正案の扱い

委員会において法案への修正案が複数提出されている場合、各修正案の中に共通事項があるときは、共通する部分と共通しない部分を分解して採決することもある。これも一事不再議に抵触しないようにとの考えが背後にある。しかし、修正案が2つの場合はまだしも、3つ以上になると分解が複雑になり採決回数も増え混乱してしまう。衆議院先例集では「共通事項があっても、各修正案全体の趣旨目的等にかんがみ別個のものとして各案ごとに採決した事例は少なくない」との但し書きがあり、現実的な採決方法をとることを認めている。現在では、各修正案を分解することなく、否決が予想されるものから順番に採決する方法が主流となっている。つまり、一事不再議を徹底することでかえって非効率な議事になるという考えがある。

 

内閣不信任決議案

内閣・国務大臣不信任決議案、議長不信任決議案、委員長解任決議案、参議院の問責決議案は、与野党の政治的対立を象徴的に表す議案である。その取扱いは政治的であるとともに議事運営上の技術的な戦略も考慮しなければならない。一事不再議の問題が控えているからである。

ここでは、特に、内閣不信任決議案についてみていきたい。内閣不信任決議案を審議する上で、一事不再議の問題が生じるのは次のようなケースである。複数の内閣不信任決議案が提出された場合、いったん内閣不信任決議案が否決されたのち再度内閣不信任決議案が提出された場合、国務大臣不信任決議案と内閣不信任決議案がそれぞれ提出された場合、内閣不信任決議案と内閣信任決議案の両案が提出され場合の4つのケースであり、それぞれ、どのように整理して決議案の処理を行うのかである。この4つに該当するケースは多くはなく、また、前例がないケースもあるが、与野党の対立が激化している場合には起こりうることであり、また、内閣不信任は内閣の命運を左右する最重要議案であるから議案の取り扱いには慎重さを要する。

まず、複数の内閣不信任決議案が提出された場合は、一案を議決の対象とし否決されれば一事不再議の原則から他の内閣不信任決議案は議決不要ということになる。1954年第19回国会では、3つの吉田内閣不信任決議案が同時に提出された。そのうちの1案が否決されたのち、他の2案については審議不要の宣告がなされている。

次に、内閣不信任が否決され、その後に別途内閣不信任決議案が提出された事例はない。野党は2回は内閣不信任決議案を提出しない。提出しても審議されないと考えているから、提出の時期について慎重に検討して最大限の効果のある時期を狙うのはこのためである。
しかし、これと似たようなものとして、衆議院において国務大臣不信任、議長不信任、委員会長解任決議案については同一会期内に同じものを複数提出した例がある。このうち、最近の例として2010年第174回国会では、横路衆議院議長不信任決議案が否決されたのち、約4月後に再度提出された。二度目の提出の際に提出会派の野党自民党は「明らかに不信任決議案の内容が今回は違う」と事情変更を理由として挙げ、与党の民主党は「一事不再議の原則を無視して、またしても本決議案を提出することは、議案提出権の濫用」と批判している。事情変更の理論はあるにしても、不信任に関しては繰り返して審議されることへの与党の抵抗は強く、議論が煮詰まらないまま数の論理によって決せられてしまうことになる。この場合も2度目の不信任は審議されることはなく未決のまま廃案となっている。

内閣不信任決議案の提出と国務大臣の不信任決議案の提出はより戦略的色彩が強くなる。各国務大臣の不信任決議案は内閣不信任決議案に包含されるとされ、内閣不信任決議案が否決されたのちは個別の国務大臣不信任決議案は一事不再議に当たるので審議の対象にならないとするのが現在の取り扱いである。したがって、法案審議に野党が非常に強く抵抗し、審議を妨害しようとする際は、一事不再議に抵触することを避けるため、まず、法案採決よりも先議となる、法案に関係する国務大臣の不信任決議案を提出することが多い(これに衆議院の委員長解任決議案、参議院において国務大臣の問責決議案を絡めることも少なくない)。国務大臣の不信任決議案が否決されたのち、内閣不信任決議案を提出することになる。内閣不信任決議案が否決されてようやく法案の採決の議事に入る。

しかし、与党はこれに対抗手段をとることもある。内閣信任決議案の提出である。内閣信任決議案提出の例は多くはなく、わずか3回であるが4)鳩山内閣信任決議案(1956年第24回国会)、宮沢内閣信任決議案(1992年第123回国会)、福田内閣信任決議案(2008年第169回国会)の3例。。特に、野党が大臣不信任、内閣不信任決議案を連発しそうな場合に与党は内閣信任決議案を提出したことがある。いくつもの不信任決議案を処理していたのでは時間がかかるので、内閣信任決議案を先に可決してしまい、それと表裏一体の関係にある不信任決議案は一事不再議の原則により議決不要の扱いとする。個別の大臣の不信任決議案より内閣不信任決議案は先議案件であり、その内閣不信任決議案よりも内閣信任決議案が先議案件である。現状否定よりも現状肯定の議案を先議するという先例を理由としている。

1992年の第123回国会では、社会党がPKO法案の成立を阻止するため5)PKO法案は衆議院で可決後、参議院で継続議案となっていた。第123回国会において、参議院で可決、衆議院に送付後、衆議院での採決阻止に向けて社会党が抵抗戦術を繰り広げた。、委員長解任決議案、官房長官不信任決議案などを提出し、その後もいくつかの不信任決議案を連発する姿勢を示していた。これを封じるため与党は内閣信任決議案を提出、可決した(野党から内閣不信任決議案も提出されていたが審議はされなかった)。

このように、一事不再議は条理上の原則であるが、現実の議事運営において様々なケースが生じるため、それをすべてに厳格に適用することはそもそも困難であるという根本的問題があるが、そこには絶対的な原則ではないというのが前提にある。そのなかで、例外的事態として適用しないために、合理的理由があるものから牽強付会な屁理屈と思われるものまで多様な説明が試みられてきた。法案の追っかけ改正は認められる一方で、不信任決議案に対しては、外形的な一事性のみから判断され、時間が経過し内容的に事情変更があったとしても一事不再議にあたるとされ、突き詰めると与党に有利な運用基準となっている。その合理性の判断は多数を握る与党に委ねられていることが多く、野党側もどうせ一事不再議で取り扱われない不信任決議案を何回も提出しても時間の浪費だとの思いがある。一事不再議の適用緩和が必要となるケースはここでは述べきれないほど多種多様あり、その理由付けに一貫性がないのはその場その場で対処してきた結果だともいえる。審議の効率性、状況の変化、衆議院の優越を踏まえたうえでの衆参の関係性(衆参ねじれの場合の参議院の在り方も含め)などの要因から理論的な一貫性を求めることに困難があるとともに、与野党の駆け引きといった政治的なその場しのぎ的な対応もみられる。ケースごとに判断することはやむを得ない面があるとはいえ、議決への信頼性や審議の柔軟性を考えるのならば、その先例上の拘束性を確認するために公開の議院運営委員会で議論を行い、適用、不適用の場面や事情を明確に積み上げなければならない。

【主な参考文献】

衆議院先例集 平成29年版

衆議院先例集付録 平成29年版

衆議院委員会先例集 平成29年版

参議院先例録 平成25年版

宮澤俊儀 「全訂日本国憲法」 日本評論社 2005.5.20

美濃部達吉 「憲法撮要」 有斐閣 昭和21年8月5日

伊藤博文 「憲法義解」 岩波文庫 昭和38年3月10日

鈴木隆夫 「国会運営の理論」 信山社 2014.6

浅野一郎 「新・国会事典」 有斐閣 2008.7.10

衆議院参議院編 「議会制度百年史」 大蔵省印刷局 1990.11 

国立国会図書館 「欧米主要国議会の会期制度」 ISSUE BRIEF 2013.8.2

中村英勝 「イギリス議会史」 有斐閣双書 昭和53年7月

浅野一郎 「会期制度」 ジュリスト憲法の争点 有斐閣 平成11年6月8日

光信一宏 「会期制度」 ジュリスト憲法の争点 有斐閣 昭和60年9月25日

今野 男 「国会運営の法理」 信山社 平成22年4月30日

森本昭夫 「会期不継続の原則と新たな分析」 議会政治研究No.26 平成5年6月

森本昭夫 「会期制度の内実」 参議院立法と調査 2017.10

横尾日出雄 「国会の会期をめぐる憲法上の諸問題」 CHUKYO LAWYER Vol28 2018

岡田信弘 「会期研究序説(一)」北大法学論集 1990.8.31

新しい日本をつくる国民会議 「国会審議活性化等に関する緊急提言~政権選択時代の政治改革課題に関する第1次提言~」 平成21年11月4日

浅野一郎 「国会入門」 信山社 2003.10.30

脚注

脚注
本文へ1 大蔵委員長が否決と宣告したが、それは間違いだったと思われ、再度採決を行って修正議決となった。
本文へ2 1948.11.30 議院運営委員会議録参照
本文へ3 関係方面(GHQ)の指示は別として、法案内容の間違いは本会議での修正、委員長の間違えた否決宣告は本会議での逆転可決、参議院との関係では参議院で修正・衆議院での回付案同意ないしは再議決の手段をとるべきであった。
本文へ4 鳩山内閣信任決議案(1956年第24回国会)、宮沢内閣信任決議案(1992年第123回国会)、福田内閣信任決議案(2008年第169回国会)の3例。
本文へ5 PKO法案は衆議院で可決後、参議院で継続議案となっていた。第123回国会において、参議院で可決、衆議院に送付後、衆議院での採決阻止に向けて社会党が抵抗戦術を繰り広げた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました