国会の召集と会期(8)

国会の召集と会期(8)
─ 一事不再議①

岸井和
2020.07.06

(6)一事不再議

会期制度に伴うもう一つの大きな原則として、一事不再議の原則がある。一事不再議の原則は、同一会期中においてすでに議決された問題について再び審議しないということである。同じ問題を繰り返し議論し一度決まったことを再度蒸し返すのは審議の効率性として問題があり、また朝令暮改となることを避けなければ国会の議決の信頼性や権威にかかわってくる、ということである。その背後には議院の意思は会期ごとに独立して定められ、同じ会期中の議院の意思は一つであるべきだとの伝統的な考えがある。

ただ、一事不再議を明文をもって規定したものは存在しない。その根拠は会期制との関連から憲法上の原則とする考えもあるし、議事運営上の条理上の原則であるとする考えもある。実際に、一院の中での議決、両院関係における議案のやり取りになど、一事不再議の原則が適用されうる場面は多々ある。一事不再議は審議を制約してしまうという側面を持っており徹底すれば自縄自縛の事態となりかねず、それゆえ原則の例外的取り扱いをするケースも多い。一事とは何か、事情変更による再議は可能ではないか、それらの判断基準はどこにあるのかなど明確ではない。この原則は守備範囲が意外と広く議会運営で頻繁に生じるにもかかわらず曖昧であり、厳格に適用されれば議事運営に行き詰まることにもなる。ある程度の柔軟性を持たせつつ、一事不再議に当たるか否かを判断するのは国会や議院、つまり議院運営委員会における与野党の協議に委ねられることとなり、本来は法的な問題なのであろうが実質的には政治的駆け引きの道具としても利用されることになる。

なお、委員会での議決と本会議での議決の関係、後議の院での修正に伴う先議の院での回付案議決、衆議院の優越規定による再議決、両院協議会の成案の各院での議決などは、憲法などにより特別に規定されているという理由で、あるいは、一度目の議決と二度目の議決のステージが異なるときは一事不再議の原則は適用されないという理論で、一事不再議の問題は生じないとされる。

 

①両院関係における一事不再議

帝国議会時代には、「両議院ノ一二於テ否決シタル法律案ハ同会期中二於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス(憲法39条)」とあり、憲法義解1)伊藤博文 1963年 岩波文庫では「再議の提出は議院の權利を毀損するのみならず、又會期遷延して一事に拘滞するの弊あらむとす。故に本條に之を禁止せり」とされた。両院関係において生じうる一事不再議を憲法上の議事原則とした。貴衆両院の議院規則には、他院において既に会議に付した議案と同一の事件は議事日程に記載できないことを規定していた。会期が短い中、議会の効率が悪化することを避けようとするものであった。

現行憲法には、一事不再議については規定しておらず、両院間の関係における一事不再議についての規定もない。帝国議会と比べて国会の会期が長期化しているので、事情変更が生ずることもあり、一事不再議を徹底すれば事態に対応しきれないことが生じよう。

また、現行憲法では衆議院の三分の二の特別多数による再議決の規定がある。同一会期内で参議院に提出された法案が否決された場合、同法案を衆議院に再度提出し衆議院で可決しても、参議院では一事不再議により審議ができない。その際は参議院送付後60日の経過とともに衆議院において「参議院のみなし否決」を行い、本会議での再議決によって成立させる手段が理屈の上ではありうる。仮に明治憲法と同様の規定があれば衆議院の優越規定を使うこの方法は採れないことになる(ただし、両院の政治状況を勘案して法案は提出されるから現実にはほとんどありえない事態であろう)。

 

国会法の規定

他方で、国会法には一事不再議と関連する条文として「各議院は、他の議院から送付又は提出された議案と同一の議案を審議することができない(56条の4)」との規定がある。一事不再議を直接に規定したものではないが、両院の関係において一事不再議の原則に抵触し、議事運営が行き詰まることを回避しようとしたものである。

たとえば、A法案が衆議院で可決され参議院に送付されたとする。他方で、参議院においてこれと全く同じ内容のB法案が提出されたとする。参議院にはA法案とB法案がかかっていることになるが、B法案の方を可決したとする。すると、B法案が衆議院に送付されるが、衆議院ではすでにA法案を可決しているので、一事不再議の原則から、内容としては異論のないB法案を議決することができない。他方で参議院ではB法案を可決しているので、同一内容のA法案を議決できない。両院の意思は合致しているはずなのにA法案もB法案も成立しない。こうした事態を避けるために、このような状態になった場合には参議院ではA法案しか審議できないことを定めている(つまり、国会法の規定により参議院では先にあったB法案の審議ができないことになる)。

この国会法の規定は、1954年の第19回国会で実際に起こった事態を受けて新たに定められたものである。大臣等が私企業への関与することを制限する2つの法律案2)参法は「国務大臣等の私企業への関与の制限に関する法律案」、衆法は「特定の公務員の営利企業への関与の制限に関する法律案」である。この法案は議員立法として、参議院と衆議院とに別々に提出された。まず、参議院で参法が議決されたうえで衆議院に提出された。遅れた衆議院では2つの法案を審議したが衆法を議決して参議院に提出した。その結果、参議院はすでに自ら提出した法案を議決しているため、両院の意図はほぼ合致していたのにもかかわらず、一事不再議の原則に抵触するとして他院提出の法案を審議せず、ともに廃案となってしまった。(国会法改正後であれば、この状況の場合、衆議院は衆法の審議はできず、参議院から送付された参法のみが審査対象ということになる)

より複雑なケースや、与野党の政治的駆け引きの結果、一事不再議が問題化することがある。また、一事不再議の原則を絶対的なものとすれば、かえって議事に不都合が生じる場合もあり、例外的な措置をとったり、あるいは、一事不再議にあたらないとの理屈をつけて合理化して議事を進めることもある。

 

「同一の議案」の審議禁止

理屈のつけ入る隙は多々ある。その一つは「同一の議案」である。国会法の規定では他院から送付又は提出された議案と同一の議案を審議できないとあるが、同一の議案の定義が曖昧である。全く同じ議案である場合から文言は違うが同趣旨の内容の議案に至るまで様々に捉え方がある。これは対案(たとえば閣法と衆法)について現実に生じうる。対案が提出されるのは概ね重要法案の閣法であり、それは一般的に衆議院で先に審議され可決のうえ参議院に送付される。野党提出の衆法は衆議院で否決され、参議院には送付(提出)されない。しかし、野党は自らの主張を参議院でも明確に示すために、参議院においても参法として再度提出し審議したいと考える。しかし、同一の議案を広くとらえ、同趣旨のものはすべて同一議案だと考えるならば、参議院の対案は審議できない議案となる。そこで、参議院は同一の議案を厳格に解釈し、衆議院で否決された対案に近い、あるいはほぼ同一の議案であったとしても参法の審議を認める傾向にある。対案が各院で出されるのは重要法案であり、その場合は参議院は後議の議院となることが多い故である。また、与野党の意見を戦わせつつ幅広く議論を展開する上ではあながち間違った解釈ともいえない。

しかしながら、この衆参の解釈の違いは衆参のねじれのような状況下では現実の問題となる。衆議院で閣法が可決され参議院に送付されたのち、閣法と対案関係にある野党提出の議員立法が参議院で提出されたような場合である。野党が多数を有する参議院で参法が可決され衆議院に送付された場合、参議院と異なり同一議案を広く解する衆議院では一事不再議により参法を審議できないことになる。

2009年の第171回国会には実際にこのようなことが起こった。衆議院で閣法である財政投融資特別会計からの繰入れ特例法案が可決され参議院に送付されたが、参議院では対案の参法が可決された。ただし、その前に閣法は否決されていたので、衆議院に返付され、衆議院の再議決の優越規定を使って成立を見た。衆議院では参法は審議されなかった。同一の議案と対案とは全く同じものとはいえないが、一事不再議の原則に関しては同様の問題点を含んでいる。

同一議案の審議禁止は、条文上は早い者勝ちとなる規定でもある。国会法56条の4を厳格に運用すると、先に法案(対案)を可決し他院に送ってしまえば、他院は自分の抱える法案を審議することはできなくなる。参法が先に議決され衆議院に提出されると、衆議院は審議途中の閣法の審議を止めなければならないのか。しかし、それでは政権与党の責任を果たせない。結論的には、衆議院は閣法の審議を続行することを認め、参議院に送付後(対案を可決した参議院では一事不再議により閣法の審査ができないので60日経過後)憲法のみなし否決、再議決の規定を使って成立させることになろう。衆議院の優越という憲法上の理由から一事不再議を緩和するという方法をとることになる(仮に衆議院で与党が三分の二の議席を持っていないとしても、不首尾に終わるかもしれないが再議決の手段は保証されている)。

 

②一院内での一事不再議

委員会での対案の取り扱い

委員会審査で一事不再議が問題となるのは、同様の法案が複数提出されていて、採決をする場合である。典型的な例としては、閣法とその対案である衆法が一括して審議されていて、採決に入る場合である。このような場合、まず、否決される法案、通常は衆法から採決に入る。衆法が否決されても、委員会の意思は決定されていないので、閣法は一事にはあたらず、一事不再議には抵触せず、続いて閣法が採決される。

逆に、先に閣法が採決され可決されると一事は決定され、衆法は一事不再議により議決の対象とはならない。衆法は議決不要の議決をするか、議決不要の宣告がされるか、あるいはそのまま放置されるかのいずれかである。

委員会で衆法が否決された場合は、本会議においてその旨の委員長報告がなされ、本会議で採決される扱いとなっている。そこで否決されると廃案となる。一方で、衆法が議決不要と議決された場合は本会議で委員長からその旨の報告はされるが採決の対象にはならない3)2009年の第171回国会で成立した臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案(衆法)が、衆議院審議時に委員会では採決せず、中間報告で本会議に上程されるという異例の形態を採ったのはこのためである。同法案は厚生労働委員会において同名の4法案がそれぞれA、B、C、D案と呼ばれ一括議題とされ、臓器移植をめぐる問題は人それぞれの倫理観、死生観、宗教観等によるため共産以外の各会派は党議拘束を外して、議員個々人の判断に委ねる形で審査が進められていた。仮に45人の厚生労働委員会で採決された場合、その採決結果如何によってはAからD案のうちいずれかは委員会の時点で議決不要となり、本会議に上程され480人(当時の衆議院議員定数)の判断を仰ぐ機会を逸することになる。そのため、委員会での採決は行わずに4案とも中間報告という形で上程して、本会議において審議を行った。本会議においてはまず厚生労働委員長から委員会の審査の概要を報告したうえで、4案の提出者からそれぞれ趣旨説明に代わる発言を聴取し、後日討論を行い、そしてまた日を改めて記名投票を行った。3回にわたる本会議を経て結果的に1番目に採決したA案が可決しB~D案は議決不要となったが、委員会の時点で議決不要となる法案が出ることを避けるための方策であった。。対案である議員立法が委員会において閣法とは別に単独で議決不要の宣告がされた場合4)第165回国会の2006年12月13日、衆議院教育基本法に関する特別委員会において、11月15日に可決した閣法「教育基本法案」の対案である衆法「日本国教育基本法案(民主提出)」については議決を要しないものと決したが、その後の本会議において委員長から報告されることはなかった。、あるいはそのまま放置された場合(審査未了で廃案)は本会議で報告されることもない。

追っかけ改正

しばしば問題となるのは、俗に言われる「追っかけ改正」の場合である。追っかけ改正は、一回改正された条項と同一の条項を、同一会期中に再度改正することである。一事不再議の原則が絶対的なものではないことを前提にしつつも、改正内容の趣旨目的が異なり一事、同一の問題には該当しない、あるいは同一の問題ではあるものの時間の経過とともに法律の背景・事情が変更されたという理屈により、原則の例外と説明される。さらには、議案が成立して法律になった以上、その法律を改廃することは別個の議院の意思であって一事にはあたらないとの苦しい説明もある。いずれにせよ、会期が長くなり、また、社会の変動のスピードが速くなっている時代に、追っかけ改正を否定することは困難になっている。実際に追っかけ改正の例は少なくない。

時代の動きが激しく物価変動も急であった戦後間もなくの1947年の第1回国会で早くも追っかけ改正の問題が生じている。この国会では、閣法として地方税法改正案が二回提出された。都道府県民税の平均賦課額を、一回目は180円に二回目は240円に引き上げることなどを内容としていた。二回にわたって同じようなことを提案することは無責任だとの批判に対し、木村内務大臣は無定見と言われても弁解のしようがない、はなはだ申訳なく遺憾な提案5)1947.12.6 衆議院治安及び地方制度委員会議録参照と釈明に追われた。

しかし、その後も追っかけ改正の例は次々と出てくる。政府側は次第に追っかけ改正の正当性の理論構築をしていく。1955年には林修三内閣法制局長は「…国会の期間が長ければ、その間に同じような内容について対象の事態が変わってくれば、当然同じような内容の議案が出てくることもありうるかと思います。そういう場合には、かりに形式的には全く同じ内容でも、これは一事不再議とはいえないと思います」と答弁している。

また、1956年に、公職選挙法改正案が参法成立後に閣法が提出された際には、参法については参議院議員の選挙関係のものであり、閣法については衆議院議員の選挙を小選挙区制に改めるもの出るから、両法案は趣旨目的が違うので、一事不再議の原則に反しないと説明された6)1956.5.16 衆議院本会議録参照(ただし、閣法は参議院で未了)。

帝国議会時代には一時不再議の原則をかなり厳しく適用していたが、戦後にはそれが緩和される方向に進み、それを正当化する理屈として事情変更の理論や趣旨目的の相違が持ち出され、現在では追っかけ改正に対する一事不再議の問題が表面化することはみられなくなってきている。

脚注

脚注
本文へ1 伊藤博文 1963年 岩波文庫
本文へ2 参法は「国務大臣等の私企業への関与の制限に関する法律案」、衆法は「特定の公務員の営利企業への関与の制限に関する法律案」
本文へ3 2009年の第171回国会で成立した臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案(衆法)が、衆議院審議時に委員会では採決せず、中間報告で本会議に上程されるという異例の形態を採ったのはこのためである。同法案は厚生労働委員会において同名の4法案がそれぞれA、B、C、D案と呼ばれ一括議題とされ、臓器移植をめぐる問題は人それぞれの倫理観、死生観、宗教観等によるため共産以外の各会派は党議拘束を外して、議員個々人の判断に委ねる形で審査が進められていた。仮に45人の厚生労働委員会で採決された場合、その採決結果如何によってはAからD案のうちいずれかは委員会の時点で議決不要となり、本会議に上程され480人(当時の衆議院議員定数)の判断を仰ぐ機会を逸することになる。そのため、委員会での採決は行わずに4案とも中間報告という形で上程して、本会議において審議を行った。本会議においてはまず厚生労働委員長から委員会の審査の概要を報告したうえで、4案の提出者からそれぞれ趣旨説明に代わる発言を聴取し、後日討論を行い、そしてまた日を改めて記名投票を行った。3回にわたる本会議を経て結果的に1番目に採決したA案が可決しB~D案は議決不要となったが、委員会の時点で議決不要となる法案が出ることを避けるための方策であった。
本文へ4 第165回国会の2006年12月13日、衆議院教育基本法に関する特別委員会において、11月15日に可決した閣法「教育基本法案」の対案である衆法「日本国教育基本法案(民主提出)」については議決を要しないものと決したが、その後の本会議において委員長から報告されることはなかった。
本文へ5 1947.12.6 衆議院治安及び地方制度委員会議録参照
本文へ6 1956.5.16 衆議院本会議録参照

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