国会は機能しているのか?(2)―なぜ、国会は報告書を作らないのか?
岸井和
2023.04.20
2委員会等の国政調査の報告書
何よりも多くの問題を抱えているのは常任委員会等の調査案件の審査の在り方であろう。前項に掲げた公開されている報告書は国会の活動全体から見れば小さな部分であり、委員会等の審査には相当な時間が調査に充てられている。それにもかかわらず、その調査の結果は出てこない。前述のように、委員会は案件の調査が終了したときには議長に報告書を提出すると定められている。しかし、ごくわずかな例外を除いて調査報告書(その名称はともかく)が提出されることはない。調査が終了しないから報告書を作成しないのか、何らかの理由で報告書の作成ができないかである。
国政調査に関する報告書の扱いについては衆参で異なっている。参議院では調査報告書を議長に提出すべきことを定めているのに対し、衆議院では国政調査報告書の提出は義務的なものではないと解釈されている。したがって、参議院は国会召集日の本会議録に調査報告書が提出された旨の記載がある。しかし、提出されたとの記載だけで報告書の内容は書かれていない。衆議院では調査報告書は提出されないものの閉会中審査報告書(議案と調査をあわせて)が提出されている。しかし、これも全ての委員会とも「右件について審査は終了するに至らなかった」と記載するだけで実質的な内容はない。
①委員会等の調査報告書の取り扱い
戦後、憲法で国会に国政調査権が認められたものの、その報告書が提出されることはほとんどなかった。第2回国会には松岡駒吉衆議院議長が「国政調査に関する報告書提出の件」という通知を出している。そこでは、「…国政調査の結果について遺憾乍ら殆ど報告を受けていない実情…会期の終了までに、必ず国政調査の結果に関する報告書を議長に提出せられるよう取計らわれたい(1948.5)」とした。
しかしながら、衆議院の先例集にある国政調査報告書提出一覧を見てみると、松岡議長の通知以降はしばしば提出されていたが、1954年(第19回国会)を最後に提出されていない。衆議院はどの委員会も報告書を提出しておらず、参議院も例外的な行政監視委員会や調査会を除き他の多くの委員会は報告書を全くの形式的に提出しているに過ぎない。国政調査では報告書は事実上作成しないことが委員会活動の先例、常識となっている。
➁衆議院における最近の(調査)報告書提出―根拠が不明な報告書(「オンライン審議」、「国葬儀」)
調査報告書をほとんど無視している衆議院においても気まぐれ的に報告書を提出している。最近のものを探してみると、憲法審査会が「憲法第56条第1項の『出席』の概念について」についての報告書(2022.3 緊急時には現行憲法のままオンライン審議を可能だとする内容)、議院運営委員会が「国葬儀」についての報告書(2022.12)を作成し、議長に提出している。これらの報告書は国政調査権の行使の一環とは思われるが、その位置づけは明確ではない。
「オンライン審議」については憲法審査会において賛成多数で「報告書を議長に報告する」ことを決定したものである。だが、オンライン審議については院内の議事運営上の法解釈をする議院運営委員会が責任をもって対処すべきで、憲法審査会が国会審議の在り方を判断してよいのか。共産党は「憲法審査会があたかも憲法条文の解釈権を持つかのように振る舞うことは越権行為」と批判しているが、冷静に考えればその通りであろう。(もっとも、憲法審査会の報告書は「議論の大勢について報告する」として責任を回避している。)
「国葬儀」については議員メンバー6人からなる非公開の協議会で「議院運営委員会」とはいえず、わずか3枚の報告書の内容は個々の主張が並べられているだけで結論のようなものとして「国会による何らかの適切な関与が必要」とだけあり、委員会として何の具体案も示していない。「政府は適時適切な情報提供を行うべき」と行政にのみ注文を付けていて、そこには「次の国葬はいつになるのか分からないのだから真剣に議論しても意味がない」といった無責任な空気すら感じさせられる。しかも、報告書はマスコミには配布されたようであるが、正式に公表はされていない。
③両院合同の報告書(「天皇退位」)
2017年3月、天皇の退位等について立法府の対応に関する衆参副議長による議論の「とりまとめ」が、衆参正副議長から安倍総理に手交された。この「とりまとめ」は数次にわたり各党の意見を聴取したうえで国会としての天皇退位に関する考えをまとめた一種の「報告書」ともいえよう。その目的は、政府内で天皇退位に関する有識者会議が開かれる一方、国民の代表である国会において国民の総意を見つけ出すことであった。政治問題化させることを避けつつ与野党の大方の合意を法案提出前に取り付けようとするもので、国会の関与の仕方としては苦肉の策であった。
両院が合同で行うこと、皇室会議の議員である衆参正副議長が会議を運営すること、立法府の総意をまとめるべく正副議長が「御下命」を受けたこと(「とりまとめ」に記載、誰からの命令なのか不明)、この会議は国会の審議権を制約するものではないとされたことなど、この組織の性格、立法過程での位置づけが十分に検討されたとは思われない。政府に提出された報告書が公式なものなのか非公式な見解なのかよく理解できない(立法府から行政府への文書であるにもかかわらず法的根拠がない)。
扱う事案が機微なものであることは理解できるが、政治問題化を避けるために協議の在り方がかえって政治的となりすぎ、重要課題を扱うにしては組織やとりまとめの性格や根拠に論理が欠けていた。とはいえ、事実としては、政府は「とりまとめ」に基づき法律案を作成しており具体的な効果を生じる報告書であったと言えよう。なお、議事録は公開されている。
④調査報告書のあり様
近年の国会でも、森友・加計問題、東京オリンピックの経費、旧統一教会問題、コロナ、防衛費増額、少子化対策などーこれらは議案ではないので調査であるー数多くの問題について膨大な時間を割いて委員会で議論が繰り広げられた。しかし、これらの問題について国会として、あるいは委員会として、問題の所在はどこにあるのか、その問題の解決方法はどうあるべきか、などについて結論を導くことはもちろん方向性を示すこともない。調査をしている以上、目に見える形での正式機関である委員会としての実態の解明、分析、勧告が必要ではないのか。
少子化対策などは、政府の具体的内容の提示に時間がかかっている。国会は政府待ちである。国会は政府任せにするのではなく、政府に先んじて委員会として対策について調査の上報告書を提示し、政府に対応を迫ってもよいのではないか。野党議員が委員会質疑で自己の見解を開陳しつつ政府を追及していても、適当にはぐらかされるだけで建設的ではない。
3英国議会の調査と報告書(「ロンドン・オリンピック」と「コロナ対応」)
それでは、基本的構造として与野党が対立する議院内閣制の議会において、議会として独立した調査活動は果たして困難なのであろうか。意見が対立し議会としてまとまった調査を行うことは難しいのであろうか。
ここで英国議会の調査についてみてみたい。2023年1月だけで両院あわせて51もの(議案ではない)調査報告書が提出され公開されている。特定事項の報告書、政府の法案の草案(Draft Bill)に対する報告書、報告書に対する政府の反応見解(Government Response)に関する報告書、政府の委任立法に関する報告書など、各委員会が調査のうえ見解をまとめたものであり、かなり精力的に調査報告を行っており、法案審議ではない委員会の活動が目に見える形で公表されている。少なくとも外形的には日本よりもはるかに熱心に活動しているとみえる。
調査にあたっては、証人(witness日本の参考人)として大臣、役人、専門家などから話を聞き、参考文書や書簡(written evidence)なども検討の対象となる。調査内容に応じて調査は数次に及ぶこともある。報告書が提出されると必要に応じて政府が対応を提示するとそれに対する調査報告が行われ特別報告書が作成される。
・ロンドンオリンピック報告書1)参考:ロンドンオリンピックに関する第8次報告書
2012年のロンドンオリンピックに関しては、下院の決算委員会は2007年から2013年の間に、つまりオリンピックの準備段階から終了した後までに8次にわたる報告書を提出している。そこでは、会計検査院の報告、委員会でのヒアリングを通じてオリンピック予算の執行状況、当初予算からの大幅な経費増額問題、警備の問題、大会終了後のレガシーの活用問題などを中心に調査が行われた。政府に対しては大会後のレガシーの活用状況を報告するなどの勧告が行われている。
・コロナ対応報告書2)参考:文中で紹介している報告書はこちら。
コロナに関する報告書は上記以外にも各委員会で提出している(クリックして開いたページのpublicationsで閲覧可能)。
さらに、最近注目されたのは、政府のコロナ対応に関する下院の報告書(2021.10)である。ここでは、コロナワクチン政策は評価したもののロックダウンの遅れは英国公衆衛生政策で最も重大な失敗の一つで多くの死者を出したと、相当厳しい内容であった。これは与野党の合意の上での報告書である。
英国下院の科学技術委員会と保健社会保障委員会は2020年3月以来、政府のコロナ対応について調査を始め、10月には両委員会の合同委員会で調査を進めた。調査の目的は主要政策の初期の評価を行うことであり、所管大臣を含む50人以上にヒアリングを求め、また、個人や組織から文書による証言を得た。報告書が出るまでに1年以上の時間をかけたこととなる。報告書には政府に対する勧告が書かれており、その勧告に対し2022年6月に政府は対応方針を示している。
ここでは、2例を簡単に示したに過ぎないが、与野党が一致して、長期にわたり行政上は邪魔とも思われる調査を進め、政府に厳しい内容の報告書も提出された。政府は勧告にも応える必要が出てくる。与野党でスタンスの違いは当然あったではあろうが、調査の進行、報告書の内容からして与党議員も議会人として客観的に行政監視の機能を進めていった姿がうかがえる。
4日本の国会と英国の議会の違い
①低い与野党の意識
日本の国政調査(一般質疑)は、委員会の所管事項について委員が自己の関心に基づき政府に質問することが多い。委員会の調査というよりは議員個人の政府に対する質問であり、委員会全体としての方向性、目的意識はない。野党が特定の問題にターゲットを絞り政府を追及している場合を除けば、「自由時間」というのが国政調査の認識に近い。
一方で英国議会の取り組みは、まず、委員会の地道な活動によるところが多い。その時間と労力のかかる委員会活動を経て報告書を作成し、オリンピックの準備段階から予算の執行状況を議会が監視し、あるいは政府の初期のコロナ対応を失敗だったと断言している。日本の国会は、テレビの前で政府を追及することが第一で、地道な活動を続けて報告書をまとめようとする気概もない。野党はその場の勝負となり、言いっぱなしで、多少政府が答弁に困れば上出来であとは世論に判断してもらいましょうということになる。与党はひたすら嵐が過ぎ去るのを待っている。与野党の気持ちは全く逆方向を向いていて、議案審議のように結論を迫られるわけでもないなか、静かな目立たぬ委員会で協議を積み重ね、何らかの一致した認識、報告書をまとめ上げる雰囲気にはない。そうした伝統も慣行もないまま進んできた国会でもある。
福島原発事故について国会は事故調査委員会を設置して報告書を提出(2012.7)したではないか。しかしこれは”外注”したもので、議員が自ら労力を割いて調査し報告書を作成したものではない。議員は調査委員会という組織を作ることと多額の経費を調達することはしたが、あとは第三者にお任せであった。あまりにも問題が大きく、かといって与野党の思惑の違いから議員主導で報告書は作れない、客観的な調査をという理由もあろうが、膨大で地道な作業を国会議員がやりたがらないのも理由の一つである。
➁議会の構図
英国議会との相違点は、日本は「野党vs政府・与党」という構図が強く、英国のような「議会vs政府」という構図になることはないことにある。「政府を追及する野党」と「政府と一体化した与党」との構図を踏み出せない。こうした与野党が何らかの問題について統一した見解を提示することは困難である。日本の国会において政府のコロナ対応は失敗だったという報告書は決して提出されることはないだろう。これには明治以来の政府は無謬だという前提思想が背景にみえる。与党議員は政府に取り込まれているので、党内の場は別として少なくとも国会では政府は正しいものであるとの立場を貫く。
英国の与党バックベンチャー(政府のメンバーではない議員)は、法案の賛否を除けば政府の意に従って行動するとは限らない。議会の人として政府に忖度することなく活動する議員も多い。ところが、日本では政府を批判する野党と政府を擁護する与党のはざまで「国葬儀」報告書のような意味のない報告書を作成するしかなくなる。報告書が作成されたのはまだマシな方で、たいていの場合は作成することすら初めから考えていない。英国議会は異なるロジックで運営されているので与野党の見解が合致することがあり得るわけで、政府の失敗を堂々と報告書に載せてしまうこともあるのである。
国会事務局にも調査部門はあるものの、政府追及に熱心な野党のための組織となっている。与党は政府機関に頼っている。特に衆議院には国政調査を補完するために調査局長に調査、報告をさせる予備的調査の制度もあるが、野党の思惑で利用され委員会全体としては活用できていない。しかも、その予備的調査の報告書でさえ衆議院ホームページ上で閲覧することはできない。
他方で、参議院はその存在意義が常に問われてきたという経緯があり、決して十分とは言えないが部分的に報告書を提出し、それを公開していこうという意識は見て取れる。その背景には、政府との関係ばかりを気にするのではなく、また衆議院との関係から、参議院の独自性を明確にしていかねばならないという強い危機感がある。
珍しい例ではあるが、民主党政権時代、民主、自民、公明の3党で社会保障・税一体改革に関する確認書(2012.6)を取り交わし政策を実現したことがある。確認書は十分に報告書足りえるものではあったが、3党間の話であり、正式な国会の委員会活動ではない(確認書は国会ではなく内閣府のホームページで公表されている)。
とはいえ、総体的に見れば、国会の議論が政権を軸として展開しすぎており、与党も野党もその呪縛から抜け出せず、国会としては機能不全となっているのではないか(皮肉なことに上記の確認書は政府が機能不全であるがゆえに合意を見た)。調査でも必ず大臣の出席を求める。野党と大臣の議論は嚙み合わず、与党は大臣に迎合的となる。委員会としてのまとまりがない。その一つとして報告書の不在という現象が表れている。与野党対決の法案審議とは違った国政調査に適した議論の在り方を模索するべきであろう。大臣の出席を求めずに客観的に調査を進められないのだろうか。イクスキューズはいろいろとあろうが、それは英国議会を見れば成り立つものではなく、結果として国会が何をしているのか分かりづらくするとともに、国政の情報開示という観点からも批判を受けることとなる。
脚注
本文へ1 | 参考:ロンドンオリンピックに関する第8次報告書 |
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本文へ2 | 参考:文中で紹介している報告書はこちら。 コロナに関する報告書は上記以外にも各委員会で提出している(クリックして開いたページのpublicationsで閲覧可能)。 |
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