党首討論(2) - 存在意義を失った国会改革の柱、歴史的使命は終わったのか?
岸井和
2023.07.23
4党首討論の実際
1999年11月には予算委員会合同審査会において、2回試行的に党首討論が開かれている。
試行初回の予算委員会(1999.11.10)において小渕総理は「…戦後、国会が始まりまして国会法が二十二年に成立いたしまして以来、初めての私は大改革であると思っております。…」と述べ、国会審議活性化に向けて党首討論が大きな転換点であるとの期待感を表している。
国家基本政策委員会合同審査会として正式に党首討論が2000年2月23日に初回が開催されて以降、2023年5月までに68回開かれている。つまり、1年に3回程度の開催であり、活発な議論が展開されてきたとは言えない。
小泉政権の時代までは年間5~8回開かれており、党首討論は積極的に開かれていたが、第一次安倍政権以降は開会回数は減少傾向となり、民主党政権が終わるまで、年間2~4回となる。さらに、第二次安倍政権以降は1~2回しか開催されなくなる。国会常会の会期末が近づいて「1回も開かないのはマズイ」ということで開かれる傾向となったが、2017、20、22年は1回も開かれていない。
枝野幸男(立憲民主代表)は2018年5月30日の党首討論後、「意味のないことをダラダラとしゃべる首相を相手に、今の党首討論はほとんど歴史的意味を終えた」と語り、これを受けて安倍総理も6月27日の党首討論で「本当に歴史的な使命が終わってしまった」と発言した。当事者たちが他人事のように制度を批判することは無責任ではあろうが、様々な意味で当初の期待に反して党首討論の制度的限界を示唆しているのかもしれない。これ以降の約5年間に2回しか党首討論は開かれていない。
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それでも、その時々のトピックを取り上げつつ、党首間の討論らしく記憶に残るような場面もあった。
小泉vs岡田
2004年11月10日には、岡田克也(民主代表)のサマワが非戦闘地域である根拠は?との問いに、小泉総理は「戦闘が行われていないということ、だからこそ非戦闘地域である」と答え、さらにイラク特措法の非戦闘地域の定義は?に対し「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域なんです」と答え物議をかもした。
小泉vs菅
同じくイラク特措法に関して2005年7月23日には、菅直人(民主代表)の「(イラクの)非戦闘地域が例えばどこなのか、一カ所でも言えるんであったら、総理、言ってみてください」との質問に対し、小泉総理が「…どこが非戦闘地域でどこが戦闘地域かと今この私に聞かれたって、わかるわけないじゃないですか」と答弁した。菅は「まあ、すごい答弁ですね。自衛隊を最終的にその戦地に送ろうという総理が、私が知るわけはないじゃないですかと言って開き直る」とさらに総理は「私は、率直にお答えしているんですよ、知らないものは知らないと」。
いずれも小泉総理らしいとっさに出た、開き直ったともとれる発言であり、国会答弁としては正確性に欠く無謀な印象も否定できないが、相手を圧倒するような雰囲気でその場を押し切る。これは小泉総理の強烈なキャラクターゆえだろう。小泉総理時代には党首討論の回数が多いが、一対一のやり取りでは負けないとの自負があったから党首討論を避けなかったのではないか。
小泉vs前原
2006年2月22日には、前原誠司(民主代表)が「メール問題(ライブドア社長側から自民幹事長へ選挙支援料として金銭を送ったとの内容)」について、メール内容には確証があり国政調査権を発動して実態解明をすべきだと小泉総理に強く迫った。これに対し総理は本物か偽物かも分からない情報を基にして具体的な個人を非難中傷している、本物だとの証拠を出せば国政調査権を行使するまでもない、と拒絶し、両者の激しい応酬が繰り広げられた。しかし、党首討論で新証拠を提示できなかったことから前原代表は批判にさらされ、その後、メールは偽物だと明らかになり、前原代表ら執行部は辞任に追い込まれた。
野田vs谷垣
2012年2月29日には、社会保障と税の一体改革に関し、谷垣禎一(自民総裁)がマニフェスト違反である消費税増税について「一番の問題は、総理、足下(民主党内)が乱れてきているじゃないですか」と迫ったのに対し、野田総理は「…お互いに党内にはいろいろあると思いますが、五十一対四十九でも、党で決めたらしっかりと野党の皆さんと協議をする」と応じた。谷垣は党が割れても改革を行うとの総理の気迫を感じ取り、その後の一体改革の与野党協議への端緒となった。
野田vs安倍
しかし、何と言っても最も記憶に残るのは、2012年11月14日の党首討論であろう。安倍晋三(自民総裁)は、近い将来に国民の信を問うと明言しつつも解散を先延ばししてきた野田総理に強く解散を迫った。総理は「…一票の格差と定数削減、これも今国会中に実現をする、それをぜひお約束していただければ、きょう、近い将来を具体的に提示させていただきたいと思います」「(国民に負担をかける消費税を増税する以上)定数削減をする道筋をつくらなければなりません。…この御決断をいただくならば、私は今週末の十六日に解散をしてもいいと思っております。ぜひ国民の前に約束してください」「…いずれにしてもその結論を得るため、後ろにもう区切りをつけて結論を出そう。十六日に解散をします。やりましょう、だから」と大胆にも党首討論の場で解散を宣言した。突然の事態に場内は騒然とし、安倍も動揺した声で「今、総理、十六日に選挙をする、それは約束ですね。約束ですね。よろしいんですね。よろしいんですね」と確認した。野田総理の捨て身の討論であった。
党首討論の役割は、政党間の政策の違いを国民の前に明確にすることで、詳細な議論を積み上げることではない。総理は資料も想定問答を読み上げる答弁はしないし、官僚からの助言を求めるわけでもない。議論の内容は精緻さに欠けるかもしれない。だが、討論と言いつつも、ほとんどのケースではほかの委員会と同じように野党党首が質問し総理が説明をしている。失言をせずに、間違わないようにと気を使いつつ。この点、小泉総理は詳細な説明は拒否して粗削りな議論ではあるが政策の根幹部分については明確に自己主張を展開した。野田総理の場合、政権運営、党運営がままならない状況下にあったとはいえ、討論を通じて事態を打開し一歩踏み超えて行こうという信念が感じられる。
菅vs枝野
他方で、直近、2021年6月9日の枝野(立憲民主)代表と菅義偉総理との党首討論では、菅総理は、緊急事態宣言解除基準の質問に対してはワクチン接種の推進の成果を喧伝し、コロナ下のオリンピック開催については64年東京大会の感慨を延々と述べ、国会の会期延長については「国会で決めていただきたい」と杓子定規な答弁しかしていない。野党は討論ではなく質問をする。総理の答えは成果の強調、回顧、拒否である。党首間の政策論争とは言えないし、議論がかみ合わず、迫力も感じられない。これ以降、2年間にわたって党首討論は開かれていない。
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