国会の日程と攻防(2)

国会の日程と攻防(日程闘争の場としての国会) (2)

岸井和
2021.07.25

 1日程闘争
 2儀式としての本会議
 3国会審議は政府がコントロールしている
  与党にとっての国会審議
  野党にとっての国会審議
  政策と政局
 4国会議員は審議の主役たりえるのか
  議員立法は有効なのか
  不自由な与党議員の法案提出
  審議されない野党議員提出の法案
 5野党活躍の場―国政調査、スキャンダルの追及
 6審議の大詰め
 7野党の抵抗はどこまで可能か
 8日程闘争に意味はあるのか―「働き方改革法案」
 9国会をどう修正するか

3国会審議は政府がコントロールしている

そもそも議院内閣制の国では、政府提出法案(閣法)を中心に議論が進められる。選挙で勝利した政党は、多数を背景に自らの党の内閣総理大臣を選び、政府を組織する。党の理念の実現、選挙での公約の具体化のために、政府が法案を作成し、国会に提出する。この内閣提出法案が国会審議の中核となっている。内閣提出法案を会期という制約がある中でいかに成立させるかが国会の仕事である。大臣は、三権分立の建前から「国会の運営は国会でお決めいただいて」と答弁はするが、それが真実だとは誰も考えていない。政府にとって提出した法案の成否は最大の関心事であり、表立っては干渉しないということだけである。

法案審議の日程は各委員会の理事間(しばしば「現場」と呼ばれる)の協議と合意によって進められていくのが建前だが、与野党の理事はともにそれぞれの国会対策委員会の指示に基づいて活動している。本会議日程を決める議院運営委員会もその例外ではない。国対は、各政党内の組織ではあるが、国会の正規の機関より権限を持っている。委員会の委員長よりも国対委員長は格上である(議長よりは格下だが)。現場の労働者は本社の重役に頭が上がらない。しかし、国対委員長は党の役員でしかないので国会の不信任決議や解任決議の対象とはならない。

各省幹部(官僚)は提出した法案を全て成立させてもらうために、各委員会の委員長・理事のみならず与党国対に日参している。与党国対は、一つの委員会だけではなく国会全体の動きを俯瞰し、また、政府(官邸)の意向も踏まえて指示を出している。特に重要な局面では各理事の自律権はほとんどない。強行採決に突き進むとか、不信任を提出して徹底抗戦するとかは国対の判断になる。国対の意向で、各委員会の与野党の合意が反故になることもある。「約束はしたがなにぶん国対の指示なもので申し訳ないが…」ということになる。

さらに、与野党の国対間は日常的にやり取りをしていて、内々に取引をしていることもある(「裏で握っている」ともいわれる)。与野党の国対委員長会談は様々な問題の提案・要求の場であり、回答の場である。「資料を提出しろ―提出できない」「参考人を呼べー呼べない」「会期を延長しろーできない」など。こうした運営慣行に対し、非正規な場で重要な協議が進められていることは問題視される。国対政治の廃止が叫ばれたことはあった。だが、実際に細川政権では国対政治を排除した結果、与党は国会運営に行き詰まり、逆に国対政治の必要性を認めることとなってしまった。全体的調整、政府与党幹部の意思の反映、表には出しにくい与野党の駆け引きには必要不可欠な存在となり、批判にもかかわらず存在し続けている。

①与党にとっての国会審議

内閣提出法案の前段階として、与党議員は、国会の場ではなく党内で法案について協議し、内容を詰めたうえで了解を与えている。党内の政調や総務会の場でまず議論を行う。そこでの了解を得たうえで、法案は閣議決定されて国会に提出される。いわゆる「事前審査」と呼ばれる制度である。党内で自由に意見を言わせることと引き換えに、国会に提出された法案に対しては厳重な党議拘束をかけ与党議員は反対することは許されない。総理をはじめとする党の幹部が揃っている内閣からすれば国会で与党議員に反対されることは絶対に避けたい。

つまり、与党議員にとって国会審議は、すでに結論が出ているものに同意を与えるようなものだから、内容についての議論よりも早く採決まで持っていくことを期待されている。最も気になるのは審議内容よりも決められた手順だけは踏んだうえで、審議時間、日程ということになる。委員会の委員長や与党理事は日程を組み立て内閣提出法案を着実に成立させることで評価される。したがって、与党議員は国会での質問もほとんどせずに、定足数要員として着席しているだけである。国会審議の活性化のために党内での事前審査を廃止すれば、与党議員も活発に国会での議論に参加することになるとの改革案もある。しかし、党内の慣行を改革しろと外部の人間が叫んでも取り入れられる可能性は少ない。

②野党にとっての国会審議

かといって、国会審議はなくてもいいと言うことではない。与党としては、国会での議論もしないで単なる結論を急いでいるとの批判は避けたいし、何よりも成立した法律の正当性が得られない。形式的なデュープロセスは絶対に必要である。ここで、野党の活躍の場が保証される。「国会は野党のためにある」ともいわれ、内閣提出法案に批判をするのは主として野党の仕事となる。野党議員にとっては、法案は国会に提出されてから初めてみるものであるし、政府与党の法案をすべて鵜呑みにするだけでは存在意義にかかわる。マイナーなことであっても与党との差異をアピールすることは必要である。

かつての社会党が野党代表であった時代のように、憲法問題や自衛隊の問題などで、基本的価値観が与野党で異なるということは少なくなった。こうした基本的な相違がある場合は、与野党の一致点を見出すことは不可能となる。特に、日米安保条約やPKO法案のような場合である。自社の二大政党のような馴れ合い政治と言われた中でも、社会党はこうした条約や法案に対しては徹底的に反対し、国会では暴力沙汰となり、あるいは何日もの徹夜を繰り広げた。憲法改正については、それに言及しただけで大問題化し、国会審議がストップし、大臣の辞任へとつながることもあった。

ところが、現在は与野党の世界観が全く異なっているのではない。それでも、内閣提出の法案が完璧であることはないから、慎重な審議を進める中で、野党は批判すべき点は批判し、修正すべき点は修正し、より良い法律にすることが大切な任務となる。ただ、多勢に無勢で野党の意見が通ることは少ない。

③政策と政局

他方で、国会審議は純粋な法案審議、政策論議という側面だけではなく、選挙を念頭に置いた権力闘争という側面もある。権力闘争はあらゆる政治体制にとって不可避のものであるから、民主主義国家においても政策と政局が不可分の関係、表と裏の関係にある。これが我が国では日程闘争へとつながる大きな原因となる。

野党は負け戦とは知りつつも、自分たちの政策をアピールし、存在価値を高めるために法案を廃案に追い込もうと、会期という時間的資源を利用しつつ、大臣の不信任決議案を提出したり、与党の強引な国会運営を理由に審議拒否をしたりしながら時間をかせぐ。少数派である野党の政策は実現困難であるから表向きには内容を争点にはするが、それよりも明快に闘えるスケジュールに力を入れる。国会「運営」は与野党一致で決めるという「全会一致の原則」は野党にとって有利な武器である。強行採決は国会のルールを破る暴挙だとの批判に正当性を与えることになる。

4国会議員は審議の主役たりえるのか

これまでにたびたび、議員立法の活性化という改革案が示されている。しかし、時間的制約があるなか議員立法審議に充てる余裕はあまりない。与野党一致の議員立法(主として委員長提出法案)が成立することはしばしばあるが、その理由の一つは「迅速に」成立させることが可能であるからだ。時間のかかる政府内での審議会での議論、立案、パブリックコメントなどの手続き、内閣法制局審査、与党への説明―こうした煩瑣な手順を飛ばして、与野党一致で天から議案が降ってきて短時間で成立させることができる。議員立法は限定的な範囲でしか活用できない。対立法案、各省にまたがって調整が必要になるような複雑な法案には対応できないことは長年の経験で分かっている。行政国家となった現代で「国会審議の中心は議員立法で」というのは現実的には難しいものがある。

政府が法案を提出できない米国を除き、英国、仏国、ドイツなどの国々も政府提出法案が議会の議論の中心であり、議員立法が活発とはいえない。ドイツでは政府の労力を節約するために議員が代行して法案を提出することが多い。英国では「くじ」に当たらないと議員立法の審議時間も与えられない。

①議員立法は有効なのか

それでは、国会議員は議員立法を活用しようとしているのか、現実に提出された議員立法はどのように扱われているのか、日程闘争に代わるより建設的な手段としての可能性はあるのか。
次の表は第196回通常国会(2018年(平成30年))における法案の提出・成立状況である。

議員提出法案は全部で52法案、成立したものは16法案、30パーセント程度となる (2000年以降の常会での議員提出法案は平均44法案程度なので、例年よりは多少多く提出された)。他方で、内閣提出法案は66法案のうち61法案、92パーセントが成立している。審議時間も当然長くなっており、議員立法よりも内閣提出法案が国会審議の中心となっていることがわかる。

上記の表にあるように、議員提出法案で成立した16件のうち、14件が「委員長提出法案」となっている。「委員長提出法案」は、提出する前に与野党で協議を重ね、与野党が了解のもとで法案を起草し、委員会の委員長名で提出する。いわば与野党共同提出の最初から成立させることを前提に提出されている法案である。与野党ともに法案の中身に異議はないので衆参とも質疑をしないか、あっても短時間で終わる。したがって、与野党の攻防の対象となるような法案とはならない。

もう一つに「メンバー提出法案」がある。法案に対する賛成者の数など国会法で定められた要件を満たしたうえで、概ね、各党の主張を盛り込んで提出される。与野党の政策の相違を反映しているか、政府提出法案に対抗する内容の野党提出法案が多く、国会の攻防の焦点ともなりうる法案である。しかし、野党議員提出の法案は成立しない。与党としては成立させることはしない。

②不自由な与党議員の法案提出

第196回国会の与党提出の4法案(前国会からの継続議案を含む)のうち、1件は撤回、2件は成立(ギャンブル依存症対策法、地方選挙の期日統一法)、1件(憲法改正の国民投票法)は継続となった。与党提出の議員立法は、野党の賛成は必ずしも得られない、しかしながら内閣提出とするには不適当と考えるもので、成立することを前提としている。継続とするのは、将来的には成立させることを目論んでいる。

したがって、与党と政府は一体という前提になっているので、成立する見込みのある与党議員の法案提出は政府の方針と一致していなければならない。そこで、与党議員が法案を提出する場合には、たとえば自民党の場合には幹事長、総務会長、政調会長、国対委員長の了解が必要となる。法的に定められたものではないが、この四者の了解がなければ法案は提出できない慣例となっている。これを「機関承認」という。

いわば、党の事前検閲が行われるのであるが、これは議員立法の活性化を妨げる大きな要因であるとして、廃止すべきだとの議論もある。ただし、現実的に考えれば、個別の議員が自らの関心に基づいて自由に法案を提出したとしても国会で議論の対象となることはないであろう。法案審議の日程を管理しているのは与党であり、与党は党にとってより必要な法案審議に時間を割り当てるからである。

③審議されない野党議員提出の法案

野党は自己の存在をアピールする手段として、日程闘争に限らず、議員立法として内閣提出法案に対案を提出することもある。論戦の幅を広げるためには、よい方法かもしれないが、必ずしも効果的かどうか疑問が残る。そもそも、選挙で負けて、少数派になっている政党が「自分たちの主張が正しいのだ」とばかりに法案を提出して成立させようとしても、それは土台無理な話ではないか。

したがって、野党だけが提出者となっている法案が成立することはまずない。政党政治のなかで、多数派である与党が参画していない法案が可決されることはない。戦後70年以上の国会の歴史の中で、11件のみである(衆議院8件、参議院3件)。

そのうち9件は衆参のねじれの状況下で、緊急事態に対応するために与党が野党の言い分を受け入れたことによる。たとえば、1998年の小渕内閣の時の「金融再生法案」(関連法案を含めて4件)では、「ねじれ国会」のなか野党案を丸呑みしないと金融不安を克服することはできない、政権がつぶれてしまうとの危機感があった。残る5件は東日本大震災の対応のために出された議員立法である。

衆参ねじれではないのに野党議員提出法案が成立したのは、1978年の「女子教職員の出産に際しての補助教職員の確保に関する法律案」と2015年の「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律案」だけである。特に、後者の労働者待遇確保法案は、大きく修正されてしまい、なんと提出した野党議員は反対している。野党のみで提出した法案が成立することは、特殊状況下でしかありえず、選挙で勝って議会で多数を握らなければ政策を実現することはできない。当然の理屈ではあろう。

上記の表にあるとおり、第196回国会においても野党提出法案は34件中、審議されたのは8件(うち7件は対案)のみであり、いずれも採決に至っていない。残る26件は一回の審議すらされていない。廃案とならずに継続の扱いになっているが、これは与党が無用な軋轢を避けるために「せめて継続だけは認めてやろう」ということであり、成立する可能性があるわけではない。

野党議員が法案を提出する場合についても、党の承認が必要である。しかし、この承認は与党と比べると厳格とは言えない。与党とは違う提案、新しい提案や与党に対抗する提案をすることが優先課題であって、あまりにも党の基本方針とかけ離れていなければ提出することができる。何よりも、成立することは期待されていないので、多少のいい加減さは黙認される。それよりも野党の存在をアピールする手段としての意味が大きい。

もちろん、野党の提案にも見るべきものもある。しかし、仮にそうだとしても、与党としては政府提出法案を含め与党案を修正してその考えを部分的に取り入れるか、後に与党案に紛れ込ませてしまえばいい。あるいは先に述べた委員長提出法律案にしてしまうという手もある。成果は与党がとり、野党の手柄にする必要はない。

(続く)

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