国会の攻防(30)

国会の攻防(30)

平成24年から令和2年(2012年から2020年)
 第二次~第四次安倍政権―ねじれの解消と一強政治
  国民年金制度改正案、IR推進法案、組織犯罪処罰法改正案

岸井和
2021.06.10

国民年金制度改正案1)公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律案、IR推進法案2)特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案(2016年、192回国会)

国民年金制度改正は、2004年に導入された年金水準の自動調整制度3)国民年金支給水準の自動調整制度(マクロ経済スライド)は2004年に導入された。年金水準は物価や賃金水準の増減に連動することを基本とするが、それに加えて保険料を負担する現役世代の減少、年金を受給する高齢者の増加を抑制要因として年金支給水準を決定するものである(物価や賃金の上昇率よりも年金上昇率は低くなる)。を修正するもので、年金水準の改定に際し、物価と賃金の上昇率のいずれか低い方を基準値とすることに改める。この結果、物価が上がっても賃金が下がれば年金はマイナス改定となるため、野党は年金カット法案だと反発を強めた。与党は賃金スライドの部分の小幅な手直しに過ぎず、賃金が上がれば関係はないと主張した。前回の改正(国会の攻防(24)参照)と同様に与野党の対決法案となった。

また、IR推進法案は、観光振興、地域振興、産業振興のため統合型リゾートの建設を推進するものであったが、焦点はそこにカジノを誘致することにあり、カジノ法案と呼ばれた。経済成長戦略の一つではあったが、ギャンブル依存症、治安の悪化、マネーロンダリングなどの懸念される問題も多々あった。この法案は2015年4月(第189回国会)に自民、維新らの議員立法として提出され、政府も強く後押ししていたが、野党のみならず与党公明党からも支持を得られなかった。理念や具体的利害というよりも賭博に対する倫理観の対立を生む法案であり、それゆえに閣法ではなく議員立法となった。それが一因でもあろうが、自民党が拙速に成立にこだわったことには疑問の余地があるし、野党、特に民進党が対決法案としたことも内容よりも政治的な思惑を感じざるを得ない。ただ、会期末に至って、国民年金法改正案とも絡んで国会攻防の焦点となったのは事実である。

国民年金法改正案の衆議院の厚生労働委員会審査は野党が協議にも応じなかったことから難航し、「与野党が協議を行うための理事懇は八回中四回、理事会や委員会は九回中七回が委員長の職権による開会4)2016.11.29 衆議院会議録 田村憲久議員(自民党)の討論」となり、11月25日には強行採決された。29日の本会議では丹羽秀樹厚生労働委員長解任決議案、塩崎恭久厚生労働大臣不信任決議案がそれぞれ否決されたのち、会期延長、他の議了案件の処理を挟んで、法案は起立採決で可決された。3時間程度の本会議であり、野党としては強く反対したとのアリバイを見せる程度の抵抗であった。民進党は、民主党政権時代、年金の自動調整制度を基本的には認めていたと考えられ、決定的な対立は難しかった。

IR推進法案は、衆議院の委員会において2日間の審査が行われたのち、12月2日に質疑が打ち切られ採決、可決となった。民進党は採決に参加せず、公明党議員は態度が分かれ、党としての反対は共産党だけであった。本会議では6日に採決が行われ、審査時間が6時間しかなかったことに反発した民進党、自由党、社民党は退席、共産党は反対、公明党は自主投票となり賛否が分かれた5)2016.12.7 読売新聞。本会議の議事の順序を変更しIR推進法案を最後とし、野党の退席のために便宜を図った。

参議院においては、会期末が近づき、対立法案が渋滞するのは毎度のことである。国民年金法改正案とIR推進法案はいずれも12月13日の委員会で混乱もなく採決された。IR推進法案は修正された。つまり、衆議院に回付され、衆議院で再度議決しなければならない。民進党は「参院では丁寧な審議をした。衆院のやり方は拙速だったが、もう一回、議論してもらいたい6)2016.12.14 読売新聞 榛葉賀津也民進党参院国対委員長の発言」と自民党との修正に合意し、採決に応じることとしたが法案には反対した。会期最終日は14日で時間は限られている。

民進党の態度は不可思議ではあった。衆議院では棄権し、参議院では他の野党にも衆議院民進党にも言わないまま修正合意した7)2016.12.14 読売新聞が採決では反対した。参議院議員の蓮舫民進党代表は「カジノ解禁法案の廃案への道筋を付けたい8)同上」と対決姿勢を鮮明にしていた。さらに、参議院本会議は14日に開かれることになるが、伊達参議院議長不信任決議案と安倍内閣総理大臣問責決議案を提出し、衆議院には安倍内閣不信任決議案を提出し会期切れを狙った抗戦に出るかに見えた。しかし、総理問責決議案については委員会審査省略要求が否決され、本会議の議事とすることができなくなった。重要議案を本会議にかける前に議院運営委員会の多数決によって議題としないこととするのは異例なことである。与党は時間切れをさけたかった。

参議院本会議は午後1時過ぎから開かれ、発言時間制限の動議を可決した後、議長不信任決議案を否決した。その後、国民年金法改正案を可決したのちいったん休憩し、議院運営委員会で総理問責決議案を議事としないことが決められ、午後6時過ぎからの再開後の本会議で一部野党議員の牛歩はあったもののIR推進法案が1時間もかからずに修正議決された。そのまま、請願審議、閉会中審査の手続きを進め、すっかり店終いしてしまった。IR推進法案を修正したのは、会期末の日程が窮屈となり混乱することの多い参議院の日ごろの衆議院に対する鬱憤晴らしともみられた。

衆議院では、内閣不信任決議案とIR推進法案回付案の審議をしなければならなかった。午後10時過ぎからの本会議では、まず、時間が厳しいので3日間の会期延長を議決する。会期最終日には会期延長の件は最優先の議事となる。IR法案について賛否の分かれる与党の公明党は会期延長を希望せず、延長申し入れもしていなかった。続いて、内閣不信任決議案の議事を始めるが、その途中で延会となり、翌15日の午前零時10分過ぎから再開され、内閣不信任決議案を否決し、その後直ちにIR推進法案回付案に同意した。与党は目的を達成した。

民進党の姿勢は終始中途半端であった。衆参で対応がちぐはぐであり、特に参議院の最終段階では抗戦するのか、妥協するのか全く不明であった。国民年金法改正案には抵抗手段をとらず、IR推進法案は無意味な修正をしてお茶を濁した。総理問責決議案は他の野党の協力も得られず与党の言いなりで諦め、参議院議長不信任案も短時間で終わらせた。法案の内容に対しても議事運営にしても党の執行部の統率が採れておらず、弱小野党第一党がさらに弱くなり、公明党との与党内の連携ができなくなっていたにかかわらず自民党の思うがままになってしまった。

組織犯罪処罰法改正案9)組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案(2017年、第193回国会)

組織犯罪処罰法は参議院での激しい攻防を経て1999年に制定された(国会の攻防(19)参照)。以降3回にわたって改正案が提出された際には、制定時のような混乱はなく、いずれも全会一致で成立している。

他方、時を同じくして、国際犯罪防止などの観点から締結した国際組織犯罪防止条約10)国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結について承認を求めるの件(2003年(第156回国会)に提出され両院承認。条約自体には社民党以外は賛成であった) の国内担保法として、テロ組織、暴力団等の組織が重大な犯罪を計画・準備することを共謀したことをもって捜査、処罰がきるようにする刑法等改正案11)2003年(第156回国会) 犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案
2004年(第159回国会)、2005年(第163回国会) 犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案
が提出された。共謀罪とも呼ばれ、未遂であっても実行準備行為だけで犯罪の構成要件となり刑法の原則に反する、適用範囲が不透明で人権を侵すものだなどの批判が強かった。

それゆえ共謀罪に対する野党の反発も激しく、刑法等改正案は2003年、2004年、2005年と3回も提出されたがいずれも審査未了廃案となり、それ以降政府は提出すらできずにいた。政府は悪評が高かった共謀罪をテロ等準備罪としたうえで、法案名を組織犯罪処罰法改正案と変えて2017年に提出しなおした。

衆議院での法案審査は4月14日に始まり9回、30時間以上の委員会を経て5月19日に強行採決された。与党と維新の会の賛成により可決され、他の野党は議場が混乱し採決に加わらなかった。この間、野党は委員会審査をストップさせるため、鈴木淳司法務委員長解任決議案、金田勝年法務大臣不信任決議案を逐次提出し、それぞれ9日と18日の本会議で否決されている。そもそもが刑法関係の法案で構成要件等が複雑であり、大臣はしばしば答弁に窮した。そこで、委員長は、野党が強く抗議するにもかかわらず、法務省の刑事局長の「常時」出席、答弁を決めた12)2017.4.21 衆議院法務委員会議録。解任決議案、不信任決議案の提出の理由は、大臣の国会への出席、答弁義務に反していること、国会審議活性化法の趣旨に反して局長の出席答弁を強引に決めたことに対する反発でもあった。大臣は「答弁変遷、答弁矛盾、答弁不能、答弁放棄13)2017.5.18 衆議院会議録 山尾志桜里議員(民進党)の不信任決議案の趣旨弁明」と酷評された。

しかし、23日の本会議審議では、野党は声を大にして反対の意思を示したものの、混乱することもなく可決され、法案は参議院に送付された。混乱したのはまたしても参議院であった。会期末は6月18日であり、審議日程が窮屈であり、与党は審議を急ぎ、野党は法案の内容だけではなく審議の進め方にも反発した。政府の説明は不十分だとして法案反対の世論も強まっていき、野党を後押しした。

参議院の委員会審査は5月30日に始まった。6月7日には早くも秋野公造法務委員長解任決議案が処理されている。参議院においても法務大臣に答弁をさせず、刑事局長の常時出席答弁を認めたことによる14)2017.5.30 参議院法務委員会会議録。衆議院では審査3日目に刑事局長の常時出席を決めたが、参議院では法案の趣旨説明聴取前に決定した。。ただ、本質は「…会期末が近づけば、委員長の解任決議案や大臣の問責決議案が出されます。これは既に恒例行事になっており、もはや誰も驚きはしませんし、ただあきれるばかりであります。…15)2017.6.7 参議院会議録 東徹議員(維新の会)の解任決議案の討論」というものであろう。

与党は、組織犯罪処罰法改正案について中間報告という奇策をとった。中間報告は、通常は野党委員長が審査を進めないことに対抗して与党が委員会採決を飛び越えて本会議採決に持ち込む手段である。しかし、今回の場合は委員長は与党公明党の議員であった。公明党は改正反対の世論が大きいなか公明党委員長が強行採決を仕切ることを避けたかった16)2017.6.15 毎日新聞。自民党も採決が遅れて会期延長を余儀なくされ加計問題を追及されることを嫌がり「奇策」をとった。与党内で利害が一致し、阿吽の呼吸であったが、審議の本来の在り方を無視したものでもあった。

参議院の委員会の法案審査が18時間近くになった時点の6月14日には、対立のないその他の法案の採決及び野党が抵抗戦術のために提出した山本幸三国務大臣問責決議案と金田勝年法務大臣問責決議案を審議することを議院運営委員会で決めた。本会議において山本大臣の問責決議案否決後、昼の休憩に入った。この休憩のとき、自民党国対委員長は民進党に対し「審議を続ける状況にない」として法案の中間報告をすることを提案、民進党はこれを拒否した。与野党対決法案で中間報告を行うのは2007年6月以来である(国会の攻防(24)参照)17)参議院の中間報告は2009年7月の臓器移植法改正案についても行われている。ただし、このケースでは、各議員が自らの倫理観に基づいて本会議で投票を行って結論を求めるべきだとして、各党は党議拘束をかけず、委員会採決も行わなかった。

本会議再開は遅れ、夕刻に議院運営委員会が再開された。急遽、山本議院運営委員長解任決議案が提出されたが、山本委員長はそのまま委員長席に着いて議事を進めた18)衆参とも議院運営委員長解任決議案を本会議の議題とすることを決める議院運営委員会は、代理を立てることなく当該委員長が議事を進めることが例である。。怒号が渦巻くなかで与党は中間報告の動議を提案した。野党各党は、いったん決定された本会議の議事内容を突然に追加すること、与党委員長なのに委員会審査を放棄して中間報告を行うことは認められないと激しく抗議をした。しかし、多数決で中間報告を求める動議を本会議の議題とすることに決まった。

午後6時21分に再開された参議院本会議では、まず法務大臣問責決議案が否決され、続いて組織犯罪処罰法改正案の中間報告を求める動議を議題とするの動議が可決され、さらに議院運営委員長解任決議案が否決され、午後9時42分に延会となった。延会直前の午後9時33分には衆議院に安倍内閣不信任決議案が提出され19)2017.6.15 読売新聞、その処理が終わるまでは参議院では大臣の出席する議事は行えない(委員長解任決議案には大臣は出席しない)。野党は衆参連携して審議引き延ばしを図った。

衆議院本会議は午後11時32分に開会されるが、直ちに議長が延会を宣告した。内閣不信任決議案は翌15日午前零時12分から午前1時58分の本会議で否決された。普通の審議時間であり野党はあまり頑張らなった。再び、主戦場である参議院本会議に戻る。午前2時31分に始まり、中間報告を求める動議が可決され、委員長が中間報告を行い、次いで、直ちに法案を本会議の議題とする動議が可決される。休憩をはさんで、組織犯罪処罰法改正案の質疑、討論が行われ、記名採決の際には一部野党議員は牛歩を行ったが、午前7時46分に可決成立した。

国会は延長されることもなく6月18日に閉じられた。与党は奇策を使って一挙に法案成立に持ち込んだ。政府は加計問題隠しに成功したと言われている。野党の不信任決議案等の提出時期が早すぎて、会期最終日までに弾切れとなってしまった。野党としては与党に会期延長を先に決断させるような戦略をとるべきだった20)同上

脚注

脚注
本文へ1 公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律案
本文へ2 特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案
本文へ3 国民年金支給水準の自動調整制度(マクロ経済スライド)は2004年に導入された。年金水準は物価や賃金水準の増減に連動することを基本とするが、それに加えて保険料を負担する現役世代の減少、年金を受給する高齢者の増加を抑制要因として年金支給水準を決定するものである(物価や賃金の上昇率よりも年金上昇率は低くなる)。
本文へ4 2016.11.29 衆議院会議録 田村憲久議員(自民党)の討論
本文へ5 2016.12.7 読売新聞
本文へ6 2016.12.14 読売新聞 榛葉賀津也民進党参院国対委員長の発言
本文へ7 2016.12.14 読売新聞
本文へ8, 本文へ20 同上
本文へ9 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案
本文へ10 国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結について承認を求めるの件(2003年(第156回国会)に提出され両院承認。条約自体には社民党以外は賛成であった)
本文へ11 2003年(第156回国会) 犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案
2004年(第159回国会)、2005年(第163回国会) 犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案
本文へ12 2017.4.21 衆議院法務委員会議録
本文へ13 2017.5.18 衆議院会議録 山尾志桜里議員(民進党)の不信任決議案の趣旨弁明
本文へ14 2017.5.30 参議院法務委員会会議録。衆議院では審査3日目に刑事局長の常時出席を決めたが、参議院では法案の趣旨説明聴取前に決定した。
本文へ15 2017.6.7 参議院会議録 東徹議員(維新の会)の解任決議案の討論
本文へ16 2017.6.15 毎日新聞
本文へ17 参議院の中間報告は2009年7月の臓器移植法改正案についても行われている。ただし、このケースでは、各議員が自らの倫理観に基づいて本会議で投票を行って結論を求めるべきだとして、各党は党議拘束をかけず、委員会採決も行わなかった。
本文へ18 衆参とも議院運営委員長解任決議案を本会議の議題とすることを決める議院運営委員会は、代理を立てることなく当該委員長が議事を進めることが例である。
本文へ19 2017.6.15 読売新聞

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