国会審議における議員立法(6)

国会審議における議員立法(6)
─ 戦前から現在までの議員立法の動き3

岸井和
2020.02.29

(2) 依頼立法、利権法案、省庁依頼立法(1940年代後半から50年代前半)

戦後国会が誕生した当初は、議員1人でも法案を提出することができた。それでも、新国会になってからしばらくの間は議員立法の成立数は多くはなかった。1949年の第6回国会までに成立した全法案に対する議員立法は11.1パーセントである(723法案中80法案)。両院に法制局、常任委員会専門員を置くようになり、立法の補佐体制も整備したのだが、帝国議会の立法協賛機関としての意識は抜けなかった。

転機が訪れたのは1950年のアメリカ議会制度視察議員団の報告書である。4月に両院議長に申し入れられた「国会における実現希望事項」の「二 速やかに実現を希望する事項」として、「立法府たる国会がみずから立法に任ずること。」とあり、「わが国でも政府は与党を通じて(法案を)提出することが適当である。かくするときには、法案に対する論争は、与党野党間の直接の討論とその力で決せられることになり、…立法府らしい立法府の活動を見ることにもなると思われる。」とされた。

それまでは政府提出法案を審議し可決するのが国会の仕事だと考えられていたが、政府主導ではなくアメリカ流に議員が主導する立法活動をするべきだと考えた。この考えを内閣に申し入れ、一般の法律案は議員立法とするため、内閣が与党に提出を依頼する「依頼立法」の方法をとることで調整が進められた。これに関して、国会側と政府側とで文書が取り交わされている1)「政府において立法を希望する事項の取扱要綱(衆議院側)」、「政府において立法を希望する事項の取扱要綱に基づく事務処理に関する件(衆議院法制局)」、「政府において議員に提案を依頼する場合の政府部内及び与党法制審議特別委員会の取扱についての要望事項(内閣)」の3文書。。この中で、国会側の主張では、政府の希望する立法は法律案要綱として与党に提示の上、国会が法律案の成文化を行うものとされたが、他方の政府側は、政府が法律案を成文化し、次官会議で決定した上で内閣官房から与党に依頼することとされた。つまり、国会は法案起草を自ら行おうとしたものの、政府は事実上の法案提出権を手放すつもりはなかった。

この方式はうまく行くはずがなかった。現実に議員独自の手ですべての立法作業をするのは困難であり、依頼立法の政府と国会との間の手続きは複雑となり、また政府は国会に多くを委ねることには消極的であった。依頼立法は第10回国会(1950年)に衆院17法案と参院14法案、第13回国会(1952年)に衆院13法案、参院2法案、第16回国会(1953年)に衆院1法案であり、次第にその数は減少していく2)川人貞史「日本の国会制度と政党政治」東京大学出版会 2005

しかしながら、議員の方には議員立法の重要性についての認識は残った。当時は賛成者要件がなく議員1人でも法案を提出できたので、依頼立法以外の多くの議員立法が提出された。しかし、議員立法は、その議員の地元の要請、特定の団体、個人の陳情、請願等をもとに発議される利権法案、お土産法案的なものが多かった。第13回国会は総選挙が予想される中での召集であり、議員の選挙区の利益となるような法案が多数提出され、衆院では新規に80法案が提出され61法案が成立した。議員立法の理念と実態との間には乖離があった。

議員立法にはもう一つの問題があった。議員立法は予算の確保とは関係なしに提出されていたので、政府の予算編成権との関係、あるいは法案成立後の予算との整合性も問われた。戦後の占領下にあってはGHQが法案と予算の整合性をチェックしていたが、講和条約発効後の第13回国会ではその歯止めをかけるものがいなくなっていた。

また、常任委員会制度も政府・大蔵省の頭痛の種であった。特定の委員会に属する議員がその所管する省庁の幹部と馴れ合い状態になり、政府全体の調整、予算措置を得ないまま、各省が自らの望むような法案の議員立法の提出を議員依頼する場合もあったようである3)同上。各省と財務省との軋轢があるような法律案について議員立法という手段をとり、政府の手続きを回避したわけである。政府全体あるいは与党内のガバナンスが取れていない状態にあった。

 

(3) 1955年(昭和30年)国会法改正

こうした議員立法の在り方への批判を受け、早くも1952年には国会法改正の動きが始まる。国会内、政府との調整を経て、1955年1月に国会法は改正された。その内容は大幅で多岐にわたるが、議員立法に関する大きな改正点は、議員立法の提出の際に4(2)に前述した賛成者要件を規定したことである4)国会法第56条 議員が議案を発議するには、衆議院においては議員20人以上、参議院においては議員10人以上の賛成を要する。但し、予算を伴う法律案を発議するには、衆議院においては議員50人以上、参議院においては議員20人以上の賛成を要する。。また、政府の予算編成権を明確にするため、予算を伴う議員立法(予算を伴う修正も含む)についてはこの賛成者要件をより厳しくしたうえに内閣の意見を述べる機会を与えることを義務付けた。提出要件を重くすることで議員立法の乱発を防ぎ、政府の方針との食い違いを明らかにする機会を設ける狙いがあった。

しかしながら、その後も議員立法の提出件数は減っていない。賛成者要件を付け加えたことは、少数会派にとっては法案提出の大きなネックになるが、一定規模以上の会派に属する議員にとってはそれほど大きな障害とはならない。少数意見の尊重という大義はあるものの、賛成者も集められないような法案はそもそも議論の俎板にも乗らないのが、数がモノを言う政治の世界である。賛成者要件追加は少なくとも議員立法提出件数には大きな影響を与えていない。近年でも、この国会法の規定を原因として議員立法が下火になったと言われることもあるが、必ずしもそうとは言えないだろう。

(4) 機関承認(1950年代から1960年代)

議員立法を規制する手段は提出要件のほかに、もう一つ採られた。それは、政府、与党内のガバナンスの強化である。55年体制成立後に、自民党が予算を伴う議員立法提出を認めない方針を強めるとともに、衆議院において議員立法提出の際の党四役5)幹事長、総務委会長、政務調査会長、国会対策委員長の機関承認を義務化したことである。

すでに、1951年の第13回国会において、自由党議員提出の議員立法については党の同意を必要とするとの内規が定められたとされるが6)川人、前掲書、それは徹底されなかった。その後、1955年には自民、社会は機関承認の手続を始めるようになり、1957年ころからは自民党が予算を伴う議員立法を認めない方針を強調し、1960年11月には議員立法の提出、特に予算を伴う議員立法の提出にあたっては党四役の承認を得ることを総務会で決定した7)1960年11月30日の総務会において決定された「法律案提出権の要件」の2において「議員提出法案の取り扱い 議員が法律案及び議案等を提出する場合には総務会の議を経て幹事長、総務会長、政務調査会長及び国会対策委員長の承認を得ること」とされた。また、その3においては「予算を伴う議員立法の取り扱い 予算に予定していない国費の負担或いは歳入の欠陥を生ずる内容の議員立法または法案の修正を差し控えること」とされた。。しかし、すぐにはお手盛り法案の抑制にはつながらなかった。政府と与党との間、与党幹部と一般議員の間の意思統一方法が欠けていたのである。その後も、政府は再三にわたり予算を伴う議員立法を抑制するよう与党に申し入れを行っているが8)川人前掲書によれば、政府から自民党に対する予算を伴う議員立法抑制の申し入れは、1961年、1963年、1964年と続けられている。、予算編成上の問題を抱える政府と利害を抱える各議員の考えはなかなか一致しなかった。それでも、1950年代の終わりのあたりからは与党議員からの提出件数と議員立法全体の成立率は低下し始めている。

他方で、閣法に対する与党の事前審査制も1962年ころにはほぼ確立し9)「各法案提出の場合は閣議決定に先立って総務会にご連絡を願い度い」との書簡が1962年に自民総務会長から官房長官に発せられた。これは閣法についてもそれまでの政調会のみならず総務会の了承をも求めるものであり、今日一般に理解されている事前審査制に到達したことを示す文書であったとされる。奥健太郎「事前審査制の起点と定着に関する一考察:自民党結党前後の政務調査会」 慶応義塾大学学術情報リポジトリ 2014.1、政府と与党との間の法案決定過程が整備され、お互いの齟齬を解消する方向となる。内閣は事前に与党の了解を得る義務を課されることになるが、同時に、閣法に与党議員の意向を反映することになるため議員立法の抑制につながる効果があったと考えられる。党執行部の各議員に対するガバナンス能力も強化され、議員立法提出のための機関承認制度は実質的な意味を持つようになる。さらに、1971年には自民幹事長が衆議院事務総長に党四役の承認のない議員提出の法律案は受理しないように申し入れ、事務的な歯止めもかかるようになった。国会外での与党内の調整制度が整うとともに、国会内の特に与党の議員立法に対する統制についても実効性が強まっていく。提出要件の強化という法改正よりも大きな影響があったと言えよう。

50年近く前に始まった仕組みだが、衆議院においては議員立法提出の際の機関承認の制度は現在でも続けられている。法律上の提出要件を満たしていても、党内手続きが整っていなければ法案は受理されない。自民党から衆議院事務局に対しても、機関承認のない議員立法は受理しないようにとの文書が概ね幹事長が交代するごとに届けられる。明文化はされていないが、機関承認がなければ正式な議案として受理できないというのが先例である。実際には、衆議院に機関承認のない議案が提出された場合、それを事務局で仮預かりとし、議院運営委員会理事会で取り扱いを協議する。提出した会派の理事から「先例により、機関承認のない議案は受理しないでもらいたい」との発言があり、それを理事会として合意し、不受理と決定する。他の党は、将来、自分たちにも同様のことが起こる可能性もあるので、口を挟まない。

この機関承認の問題は、司法の場でも争われたことがある。前述の通りであるが、法定の提出要件が満たされていても、機関承認を得られていないものは先例を理由として議員立法が受理されない。しかしこれは衆議院の先例集にも記載されていない先例であるため、違法ではないかとの議論がしばしば行われてきた。この論争に対して裁判所は、「本件先例が衆議院内部において法規範性を有する確立したものとして存在しており、かつ、その取扱いは確立した先例に従ったもので適法である旨の衆議院としての判断」を尊重すべきであるとしている10)東京高裁判決平成9年6月18日

他方で、参議院には機関承認という先例はない。参議院の先例録では、「議案を発議するには、発議者及び賛成者が署名又は記名押印した提出文を添付する」ということになっているものの、機関承認については不文の先例も存在しない11)衆議院では、提出会派の機関承認(自民の場合は党四役の捺印)があれば、提出者及び賛成者の全員の押印ないしは署名は必要ない。他方で、参議院は提出者及び賛成者全員の押印、署名が必要なため、明示的な会派の縛りはないが、実務上の煩瑣であるとの理由から実際には大きな制約条件となっているとの指摘もある。。ただ、参法の提出件数は衆法より少ない。

グラフ1を見てわかるように、1960年代から、機関承認という現実的な手続き強化に留まらず、与党執行部のガバナンスはある程度の時間をかけて強まり、与党議員立法の提出が減ることにより、全体の提出法案数も漸減するか、少なくとも増加はしなくなる。議員立法提出の中心は野党となり(野党のほうは政策アピールが優先され、全体的整合性についてのチェックが厳しくない)、当然、与党が賛成する議員立法も少ないわけだから、成立法案数も成立率も低下することとなった。

脚注

脚注
本文へ1 「政府において立法を希望する事項の取扱要綱(衆議院側)」、「政府において立法を希望する事項の取扱要綱に基づく事務処理に関する件(衆議院法制局)」、「政府において議員に提案を依頼する場合の政府部内及び与党法制審議特別委員会の取扱についての要望事項(内閣)」の3文書。
本文へ2 川人貞史「日本の国会制度と政党政治」東京大学出版会 2005
本文へ3 同上
本文へ4 国会法第56条 議員が議案を発議するには、衆議院においては議員20人以上、参議院においては議員10人以上の賛成を要する。但し、予算を伴う法律案を発議するには、衆議院においては議員50人以上、参議院においては議員20人以上の賛成を要する。
本文へ5 幹事長、総務委会長、政務調査会長、国会対策委員長
本文へ6 川人、前掲書
本文へ7 1960年11月30日の総務会において決定された「法律案提出権の要件」の2において「議員提出法案の取り扱い 議員が法律案及び議案等を提出する場合には総務会の議を経て幹事長、総務会長、政務調査会長及び国会対策委員長の承認を得ること」とされた。また、その3においては「予算を伴う議員立法の取り扱い 予算に予定していない国費の負担或いは歳入の欠陥を生ずる内容の議員立法または法案の修正を差し控えること」とされた。
本文へ8 川人前掲書によれば、政府から自民党に対する予算を伴う議員立法抑制の申し入れは、1961年、1963年、1964年と続けられている。
本文へ9 「各法案提出の場合は閣議決定に先立って総務会にご連絡を願い度い」との書簡が1962年に自民総務会長から官房長官に発せられた。これは閣法についてもそれまでの政調会のみならず総務会の了承をも求めるものであり、今日一般に理解されている事前審査制に到達したことを示す文書であったとされる。奥健太郎「事前審査制の起点と定着に関する一考察:自民党結党前後の政務調査会」 慶応義塾大学学術情報リポジトリ 2014.1
本文へ10 東京高裁判決平成9年6月18日
本文へ11 衆議院では、提出会派の機関承認(自民の場合は党四役の捺印)があれば、提出者及び賛成者の全員の押印ないしは署名は必要ない。他方で、参議院は提出者及び賛成者全員の押印、署名が必要なため、明示的な会派の縛りはないが、実務上の煩瑣であるとの理由から実際には大きな制約条件となっているとの指摘もある。

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